『君と出逢って、』
君と出逢って、僕の世界に色がついた。
それまではなんとなく生きているだけ、
産まれてきたから生かされているだけだった。
君と出逢ってからは違った。
生きたいと初めて自分の意志で思えた。
生きていると実感できた。
この世はこんなにも愛に満ち溢れているのかと
考えさせられた。
もちろんいいことばかりじゃないが。
君と出逢えなかった世界線の僕を想像してみる。
大袈裟かもしれないが、この世にいるとは思えない。
こんな感情、景色、考え、新しい発見…
知ることもなかったのかと思うと、悍ましい。
本当の人間に近づけた感覚がある。
地に足がついている感覚がある。
よく幸せとは何か問われることがあるが、
君と出逢ってから思う。
君と出逢えたことが幸せなんだと。
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「会いたい』と連絡すると、「自分も、逢いたい」と返信してくれるあの人を想って…
『言葉にできない』
好きなら好きと言った方がいい。
私はそう思う。
だって負の感情ではないのだから。
ずっとそう想ってきた、確かに…
あなたに出会うまでは。
こんなにも感情を突き動かされたことは
生きていて一度もない経験だ。
初めての経験に動揺した。
初めての感情に困惑した。
自分が自分じゃないような、自分で自分の新たな一面を見出したような感覚。
あなたと話したい逢いたい…できることならもっと、もっと…もっともっと!!
人間とは「欲深い生き物」とはよく言ったものだ。
これを恋というのか愛というのか、わかりもしないしどうでもいい。
ただ、あなたに伝えていいのか
自分の中のナニかがストップをかけている。
苦しい…いっそのこと吐き出してしまいたい。
しかし、あなたのことを想うと喉に引っかかって出てこない。今の関係を壊したいわけじゃない。この平穏な日々を終わらせたいわけじゃない。
まさか「好きは伝えた方がいい」と提唱していたこの私がこんなことで、あなたが同性の仲のいい友達というだけで言葉にできないなんて。
『誰よりも、ずっと』
誰よりも、ずっと…
この言葉を聞いてあなたは続きを何と答えただろう。
誰よりも、ずっと頑張った?
誰よりも、ずっとあの人を想った?
誰よりも、ずっと願っている?
誰よりも、ずっと…
私は誰よりも、ずっと…ずっと…
…何だっけ。
私が“その言葉”を使っていい程、全力で何かに立ち向かったことはあるだろうか。全力で生きたことはあるだろうか。
『はなればなれ』
離れ離れという言葉を聞いて、人々は何を…誰を連想するだろうか。
私は大人になってしまった今、脳裏にたくさんの人が思い浮かぶ。実家にいる家族や親しい友人、遠くに住んでいる親戚、学生時代のクラスメイト、前職の同期や先輩方、今となっては連絡さえとっていない人達、亡くなっていったあの人。しかし、いまいちピンとこない。
確かに、物理的距離が離れているから言葉の通りのはずなのに。そうだけど、そうじゃない“ナニか“があるみたいだ。それが何なのかははっきり言ってわからない。…頭が悪いからか?少しモヤモヤする。
考えてみた。やはり答えはわからない。あまり考え過ぎるとゲシュタルト崩壊してしまいそうになった。
離れ離れなのは私の中にある“ナニか”な気がする。
『今一番欲しいもの』
特に欲しいものはない。
私が真っ先に思ったことだ。
私はお金持ちでもなければ、バリバリ仕事ができるわけでもない。友達が多いわけでも充実した趣味があるわけでもなく、ましてや恋人がいるわけでもない。
家族仲は悪くはないが、特別良くもない。既に母は他界しているし、母方の祖父母も後を追うように亡くなった。
物欲が無いのではない。
ただ与えられた今、この時を謳歌するのに特別なものを必要としていないのだ。
なんとなく日常で必要なものは自分で手に入れられる。高価なものを欲しいとは思わない。自分自身の身の丈に合ったものが一番しっくりくるからだ。
これは目に見えないものにも言えることだ。
よく友人が「恋人が欲しい」と口にしていた。
私は愛されたいのかなと思っていた。だが、ただ愛されたいのであれば家族や友人でいいではないかと考えた。何故なら、その友人は家族からも他の友人からも愛されていたからだ。つまり、“恋人“という存在に愛されたかったのである。
しかし、一方的な愛では上手くいかないのが人間というもの。愛されるには愛さなければならない。友人にはその覚悟があったのかも知れない。尊敬する。私にはそのキャパがないから。そう考えると“恋人”も身の丈に合わないんだと実感する。
少し寂しい気もする。
もしかすると私が一番欲しいものは自分自身の中の余裕かも知れない。