NoName

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5/9/2023, 5:09:17 PM

一年後の自分がどうなっているか、なんて考えられない。
だって私はたった今、大切な人に別れを告げられたのだから。
何年も一緒に過ごしてきて、周りの友達からも「いつ結婚するの?」「結婚まで秒読みだね」なんて言われていたのに。

そんな彼に突然別れを告げられて……。
私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

『……ごめん』

たった一言そう告げて、部屋を出て行った彼。
一緒に暮らしていたこの部屋に、私だけを残して。

どうしてなんだろう。何がいけなかったの?
上手くいってると思ってたのは私だけだったの?

彼の洋服も、お気に入りだった本棚の中身も、歯ブラシも、お揃いのマグカップも、全部そのままなのに……彼はもうここにはいない。
香りだけ残して、どこかへ行ってしまった。

しばらくして、ピコン、とメッセージが届く。
彼が思い直してくれたんだろうか。
淡い期待を抱いて画面を見る。

『しばらく友達の家に泊まるから。荷物はまた取りに来る』

5/6/2023, 2:04:29 PM

明日、世界がなくなるらしい。
なんでも巨大な隕石が流星群となって地球に降り注いでくるのだとか。
テレビやSNSではひっきりなしにそのことが流れてる。
世界中の偉い学者や大学の教授も認めているから、隕石が振ってくるのは間違いないようだ。
上流階級のお金持ちや権力のある政治家たちは地球を捨て、さっさと宇宙へ飛び立った。

お前も来い、と私の名前も知らなさそうな父親が言った。顔を見るのは何年振りだろう。相変わらず自分の言うこと成すこと全てが正しいと思ってる顔をしてる。本当に変わらないな、この人は。

どうせ私を連れて行くのも人が住める地を見つけたあと、自分の子孫を残すためなんだろう。
私はそのためだけの道具だ。誰が行くもんか。知らない男と子どもを作るなんてごめんだ。
知ってるでしょ、私に好きな人がいることを。ずっと大切に思ってる人がいることを。
アナタが人を使って彼との仲を引き裂かなければ、今頃私はあの人と一緒になっていたんだから。

無理やり私を連れて行こうとする父親の隣で、母はずっと泣いていた。一緒に行こう、と。
ごめんね、ママ。
ママのことは好きだった。
けど、私は行かない。
父親の手を振り解き、玄関へ走り表へ出る。
行き先はただ一つ。
人生を終わらせる場所はあそこだと決めていた。

あの人に初めて出会った場所。
何度も二人で会っていた場所。
そして、あの人と別れた場所。

坂を登り階段を駆け上がると視界が広がる。
高台にポツンと寂しそうに置いてあるベンチに座り、空を見上げた。残された時間はあとどれくらいあるのだろうか。
もし、彼に少しでも私への気持ちが残っていたならここへ来てくれたりしないだろうか。
最期の日をあなたと迎えられたら、それはどんなに幸せなことだろう。

私の、たったひとつの願い。

5/2/2023, 5:48:08 AM

色のない世界。
全て白と黒のモノクロでしかない。
空も雲も地面も人も物も全部全部。
それなのに、あなただけは違った。
あか、あお、きいろ、みどり。
あなたは色んな色を持っていた。
あなただけはカラフルだった。
そして、あなたが触れたものには色が宿る。
パッと花を咲かせるみたいに、たくさんの色を作っていく。

でもあなたを見ているうちに気付いたんだ。
あなたが好きなものに触れた時、それはあか色に変わるんだって。
私は何色になるんだろう。
あなたの色に染まりたいのに、触れられたくない。
だから私は今日も明日も白いまま。

4/20/2023, 8:31:33 PM

何もいらない。
だからどうか、あの人を返してください。
私には、あの人しか居ないの。
ゴミみたいに薄汚れた私を拾って育ててくれた人。温かなお湯が出るお風呂に入れてくれた人。残飯じゃないご飯を食べさせてくれた人。

あの人の他に欲しいものなど私にはないの。

いつか恩返しができると思ってたのに、こんなのあんまりじゃないか。
神様、お願いだからあの人を連れて行くなら私を連れて行って。
あの人がいない世界に未練も興味もないの。
だから、お願い神様。

青白い顔で真っ白なベッドに横たわる彼の手を握る。
大きくて優しかった手が、今はこんなにも儚く細い。いつもいつも私の頭を撫でてくれていた手だったのに。じわりと涙が浮かぶ。泣かないって決めてたのに。

ねえ、神様。
どうしたらこの人を助けてくれる?
私が代わりに死ねばいいならすぐにでも死ぬから。

真っ赤な林檎のそばに置いてある果物ナイフを掴み、首筋に当てる。少し力を込めるとぷつ、と切先が皮膚に食い込み生暖かいモノが流れた。目を閉じてさらに力を込める。勢いをつけて一息に切り裂こうとした瞬間、儚い手が私の腕を掴んだ。
驚いて目を開けると、彼が悲しそうな顔をして首を横に振っていた。どうして止めるのだろう。私はあなたさえいれば他には何も要らないのに。
あなたは私を置いていってしまうのに。