NoName

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何もいらない。
だからどうか、あの人を返してください。
私には、あの人しか居ないの。
ゴミみたいに薄汚れた私を拾って育ててくれた人。温かなお湯が出るお風呂に入れてくれた人。残飯じゃないご飯を食べさせてくれた人。

あの人の他に欲しいものなど私にはないの。

いつか恩返しができると思ってたのに、こんなのあんまりじゃないか。
神様、お願いだからあの人を連れて行くなら私を連れて行って。
あの人がいない世界に未練も興味もないの。
だから、お願い神様。

青白い顔で真っ白なベッドに横たわる彼の手を握る。
大きくて優しかった手が、今はこんなにも儚く細い。いつもいつも私の頭を撫でてくれていた手だったのに。じわりと涙が浮かぶ。泣かないって決めてたのに。

ねえ、神様。
どうしたらこの人を助けてくれる?
私が代わりに死ねばいいならすぐにでも死ぬから。

真っ赤な林檎のそばに置いてある果物ナイフを掴み、首筋に当てる。少し力を込めるとぷつ、と切先が皮膚に食い込み生暖かいモノが流れた。目を閉じてさらに力を込める。勢いをつけて一息に切り裂こうとした瞬間、儚い手が私の腕を掴んだ。
驚いて目を開けると、彼が悲しそうな顔をして首を横に振っていた。どうして止めるのだろう。私はあなたさえいれば他には何も要らないのに。
あなたは私を置いていってしまうのに。

4/20/2023, 8:31:33 PM