カーテン
薄い、本物のレース越しに黒髪が跳ねて、陽の光を増幅させるきらきらのぐっしゃり笑顔が飛び出すんだ。
朝方のまだ私しか起きていない時間に、偶々起きてしまったからと遊びをし出す。パジャマのボタンが幾つか掛け違っている、黄色のくまがいく段劣る笑顔でプリントされていた。
かくれんぼだよ、どこにいるでしょう!なんてばればれの問題をわざと見逃してやると、ここだよ!と声が上がった。
そんな日常があった時もあった。と早朝正座し、漆塗りの黒い観音開きを開く。笑顔と対面し、いつまでもここにいるね、かくれんぼだからいつまでもそこにいてはいけないんじゃないと聞いた。笑うばかりだ。
チーン、とおりんを鳴らした。今日も見つけにきたよ。
踊りませんか?
「踊ってる人間はバカだ。
くるくるくるくる三半規管を鍛えるためだけに回って、凄いって拍手が欲しいだけなんだから。大抵はこちらはおおっとも思わないのにおざなりな拍手を送んなきゃなんねぇんだ。なんで金払って拍手送んないといけねえんだよ」
「そんなことないって。最近は色々面白い踊りもあるんだから。何もわかんないから馬鹿にしてるんでしょ。かわいそう」
「なに?俺の目に入らなかったらそれは俺の世界にないものだ。知らんからそんなもんはない」
「もー……」
若い女性の顔が明るくなって、思いついたように老年の男の手を握った。
「じゃあ、おじちゃんもバカにしてやろ。踊るの見るのが楽しくなくても、踊っちゃうのは楽しいでしょ」
スマホが軽快な流行りの音楽を流し出した。
「そんな、俺はダンスのすてっぷもりずむも知らないぞ」
「難しく考えないでって。おじちゃんいわくバカな私が、一緒にバカになっちゃうだけだから。あはは、ゾンビみたいだね。私が馬鹿ゾンビに感染させちゃうよ」
「そんなこと、誰が」
「可愛いの一緒に踊ろ?可愛い私がおねだりしてるんだから、いいでしょ?」
グッ……っと息を詰めた仏頂面の男が、きらきらのエフェクトと踊っている映像がネットの海に流れた。
同じ年の男がそれを流し見た。
「ケッ、バカみたいに踊りやがって。こんなの踊ってる人間はバカだ」
そう積み重なったゴミ袋の上、スマホを放り投げた。
巡り会えたら
悲しいほどに人が嫌いなちっぽけ人が、結婚をしたんです。それは幸せな日々だったけれど、ずっとやりたいような完璧な幸せではありませんでした。
寧ろ刹那的な幸せが偶に浮かぶようなものでした。不幸せの方が幾たびも私を襲った。苦しみ苦しませた記憶が鮮明です。
私たちは離れることにしました。完璧な幸せを送らせてあげることができないことに気付いた日からぼんやりと蔓延した不安をきっちりと精算出来たのが今日でした。
大嫌いな人の中でも少しだけ好きになった貴方と、数年後に大通りの端と端位の距離で巡り合い、見知らぬふりして通り過ぎるくらいの距離の他人になりましょう。
奇跡をもう一度
人生を変えるほどの名文に出会った時。高揚し、愛してしまって眩暈がし。吐き気を抑えて全てを捧げたくなり、言語中枢に深刻な影響が及ぶ。人生が変わり、明度が変わり、自分が変わり、好みが変わる。何度も深刻な飢餓が起こる。
あれをもう一度。あの話をもう一度。もう一度あの衝撃を。そうやってすり減りへる程読んだ本に唐突に飽きる。もうそれ程興奮しない。吸い尽くしてしまったのだ。と、落胆する。
それでもあの鮮烈が忘れられなくて、あれと同じほどの衝撃と中毒が欲しくなる。あの奇跡をもう一度。求め、闇雲にページを捲る。
そんな恍惚を繰り返し味わい、この上ない快感になってしまった、僕はジャンキーに堕ちてもう戻れない。