雪を待つ。
もう少しだけ。あと一年、二年、三年と待ち続けた毎日が、やっと終わるかもしれない。大海原で海賊船に出会うより、学校で宇宙人と会話するより、珍しいものが見れるかもしれない。雪が降ったのは何年前の事だっただろう。友達と風邪をひくまで転げ回り、雪だるまを転がして作った記憶が、微かな熱と共に残っている。
本を開けば、テレビをつければ、スマホを開けば、新聞を読めば、今日はどこかで降っている。まるで空き家を荒らす盗人のように、ウインカーを出さない運転手のように、あなたの生活を脅かしているかもしれない。だけど、私は好きだ。滅多に降らない君は、懐かしい思い出を呼び起こし、目を細めてくれる。自分の肩幅を取り戻し、堂々とできる日まで。雪を待つ。
イルミネーション。
街中にあかりが灯ると、目の中の汗が反射して仕方がない。マスクから漏れ出た水蒸気なのか、心からあふれ出た残り汁なのか、全くもって不可解なもの。最近はもう罪悪感で胸が傷んでも、自覚できないから、イルミネーションをみると思い出す。そんな夜の日。
一室でぬくぬくとしていると分からないけれど、思い切って湯を沸かすように身体をほ照らしたり、倉庫の角のダンボールなんかに隠れていたら、声が聞こえる。喜んでたり、はしゃいでたり、つんけんしていたり。自分とは程遠いあなたたちが羨ましくて、細い目をつくる。私もイルミネーションをみたい。空が晴れていて、星が隠れていて、月が顔をしかめて、君が笑ってる。そんな中で生きていたい。
そんな中なら、ちゃんと光を写せるだろうから。
愛を注いで。
今日もキミを愛でよう。熱々の紅茶を注いだらどんな反応をするだろう。果物を沢山集めて、混ぜてしまうのもいい。冬の寒さで天上が凍るように、その身の暖かさで心がとろけ出すように、丁寧にキミを使おう。あなたがクシャミをすれば種が弾け、お腹を鳴らせばクラクションが鳴る。何かと繋がって、生き続けるから。大切に大切に、壊れたとしても、精一杯愛でたいと思う。
自分で初めて買ったはずのアンティーク品が、昨日の地震で壊れてしまった。まるで翼を折られたカラスみたいに、一番星の輝かない夜空みたいに、曇ってしまった私の顔はさぞかし沈んだものだっただろう。でもまだ諦めてはいない。必ず立ち直らせて、水を注いでみせるから、愛を注いであげるから、またそこにひっそりと佇んでいてほしい。
心と心。
書けない。心なんて分からないから、書き出しすら浮かばない。自室の椅子で天井を仰ぎながら考えても、首を左右に振って沈黙を守ったとしても、ココロなんてモノは分からない。ましてやそれが二つ、三つ、四つと増えていけば、解読不可能なスパイ暗号のように、テレビつけて映る開かずの金庫のように、頑として打ち付けられているから。分かるはずもない。
冬になり寒さの理由が分からなくなった。体外的なものなのか、体内間のものなのか。腰の痛みも、目の腫れも、肩の重さも、足のむくみも全て含んで自分だから。私の中ですら繋がっていないココロが、誰かの中に溶け込んでいくなんて想像がつかない。
ココロ。どうか楽しんでくれ。これから生きる君だから、頼みたいんだ。ココロの心で楽しんでくれ。
何でもないフリ。
隣で、もしくは後ろで、斜め前で、教室の隅っこで、眠気と戦う君を見ている。時々目が合って、何でもないって感じでそっぽを向く。まるで玉子を包んで保冷剤で冷やすように、机とシャーペンの格闘を楽しむように、何でもないように、何にもないように。
一度声を掛けてしまうともう戻れないから。黒板に向かって説教する教師から目を逸らし、あなたの姿を写す。今日はよく描けているだろうか。その存在を壊さないように、ゴリラのような気高さと、渡り鳥のような柔軟さで、手を動かす。そうするうちに一年経ち、二年経ち、三年が過ぎる。青い海に浮かぶ不確かな春はもう終わる。何もしないふりをして、何でもないように、病に蹂躙されようと、空虚に囚われた猫であろうと、ものともしなかった自分はいつに置いてきたのだろう。そしてもう忘れた。
なんにも出来ないフリをして。