ぼくは今、海の底にいる。
身体中がつめたい水に覆われる。着ていた服はへばりつくし、水圧で、腕も脚も重たくなっている。それでも、ここ数年のつまらない人生に比べたら、幾分か軽く思えた。はやく、世を捨てたかった。
息が、くるしくなっていく。
本能的な恐怖に脳が支配されると同時に、こんな身でも生存本能があるのだと、嘲笑する己もいた。
しかし後者は、どんどん隅に追いやられていく。怖い。怖い。怖い。息ができない。息をしたい。馬鹿な身体は、息をしようとする。吸えるのは、海水だけだっていうのに。
死にたくない。死にたくない。ぼくは死にたくない。
救いを求めて、目を開けた。ぼやける視界の、その中心に、ぼくの人生にまったくと言っていいほど似つかわしくない、まばゆい光が見えた。
間違いない。あれは、月明かりだ。
普段は、太陽の陰に隠れているのに、ひとたび夜になれば、陰を照らす光となる。
月光、月影。月は、光であり、影なのだ。そう、ちょうど、誰かの人生みたいに。
ぼくはそのおかしさに、ふ、と笑って、目を閉じた。
その夜が明けるまで、月は彼を照らしつづけていた。
(ヨルシカAL『だから僕は音楽を辞めた』『エルマ』・LIVE『月光』に多大なる影響を受けています)
適当に、堂々巡りの考えでも晒して、「はい、これが迷路です!」なーんてやってみても良いかなと思ったのが最初。やろうと思ったけど、やっぱりやめ。以下、連想ゲームでもしておく。
行き止まりだと来た道を戻って、また行き止まり。しまいには、さっき行き止まりだと思っていたものが、実はあれやこれやを凝らせば、とんでもない近道だった、という事実が判明することもある。私にとっての心の迷路は、こんな感じだ。まあでも、分岐点でうんうん悩むよりは、なんでもいいから歩むのがいいんじゃないかとは思っている。常に右手を壁にくっ付けて進むなんてのは、邪道だからやらない!あ、これこそ邪道か?
私には、好きなふたりがいる。所謂推しカプというやつだ。
そのふたりの顔が並んでいると、和むし、幸せを感じる。
しかし私の推しカプは、必ずしもふたりが恋愛的に「くっつく」とは限らない。それどころか、ふたりは同じ舞台に上らないことだって多々あるのだ。
同じ、もしくは似たような界隈で過ごす人には共感してもらえるのかもしれない。
対抗カプも多くて、私は日々、違うだれかの方を向くふたりを横目で見ながら、「くっつく」世界線のふたりを探し回る。でも、ないから、自分で生み出す。
お互いが、お互いしか有り得ないと思っているのは、私だけ。
ああ、苦しいな。推しカプ、もっと増えろ。