ぼくは今、海の底にいる。
身体中がつめたい水に覆われる。着ていた服はへばりつくし、水圧で、腕も脚も重たくなっている。それでも、ここ数年のつまらない人生に比べたら、幾分か軽く思えた。はやく、世を捨てたかった。
息が、くるしくなっていく。
本能的な恐怖に脳が支配されると同時に、こんな身でも生存本能があるのだと、嘲笑する己もいた。
しかし後者は、どんどん隅に追いやられていく。怖い。怖い。怖い。息ができない。息をしたい。馬鹿な身体は、息をしようとする。吸えるのは、海水だけだっていうのに。
死にたくない。死にたくない。ぼくは死にたくない。
救いを求めて、目を開けた。ぼやける視界の、その中心に、ぼくの人生にまったくと言っていいほど似つかわしくない、まばゆい光が見えた。
間違いない。あれは、月明かりだ。
普段は、太陽の陰に隠れているのに、ひとたび夜になれば、陰を照らす光となる。
月光、月影。月は、光であり、影なのだ。そう、ちょうど、誰かの人生みたいに。
ぼくはそのおかしさに、ふ、と笑って、目を閉じた。
その夜が明けるまで、月は彼を照らしつづけていた。
(ヨルシカAL『だから僕は音楽を辞めた』『エルマ』・LIVE『月光』に多大なる影響を受けています)
1/20/2026, 4:47:33 PM