『理想のあなた』
あなたはまさに僕の理想を具現化させたようなものだ。疲れ切った身体を癒し、暖かく、そして優しく包み込んでくれる。まるで母の胎内に戻ったかのような安心感を抱きながら、僕は力を抜く。
しかし最近、ぼくはあなたと距離を置きつつある。5月に入ってからだろうか。徐々に蒸し暑くなってきたと同時に、あなたに包まれたいと思うことがなくなってきた。僕には他に、あなた以上に魅力的に思えてしまう対象が現れてしまったのだ。勘違いしないでほしい。決して嫌いになったわけではないのだ。ただ、今の僕にあなたは重い。
週末、僕はコインランドリーに出かけた。今までありがとう。優しく丸めてあなたを機械の中に詰め込むと、胸がちくりとした。家に帰ったら、押し入れの中からタオルケットを引っ張り出そう。あの柔らかでふわりと軽い、エメラルドグリーンのタオルケットを。
『突然の別れ』
なぜだろう。私はこの日常がこれからもずっと続くのだと信じて疑わなかった。
目が覚める時間が“起床時間”。ノソノソと起き上がり、ベランダから顔を出す。風はない。真上からの太陽の光が、やっと起きてきたのかと私を嘲笑っているようだ。大きく深呼吸をして、窓を閉める。
顔を洗って歯を磨き、テレビをつける。ヒルナンデスを見ながら食べる朝食は脳が溶けそうになるくらい気持ちがいい。それからはもう、布団の上でゴロゴロタイムだ。映画を見たり、SNSをチェックしたり、天井を眺めたり。そうしていると、あっという間に1日は終わる。最後にお風呂に入って、特に汚れても疲れてもない身体を癒す。意味もなく斜め45°上を目掛けて「今日も一日頑張ったなぁ」と呟いて、パジャマからパジャマに着替える。
明日はなにをしよう、と考えながら布団の中で目を閉じる。色んな“やりたいこと”“やるべきこと”が頭の中にぽんぽんと浮かんでくるが、私は明日の私がそれをやらないことを知っている。きっと明日も今日がくるのだ。ゆっくりと意識を手放す。
……いいや違う。そんなことはない。始まりがあることには、終わりがある。それはヒルナンデスにも、お風呂にも、人生にも、春休みにも共通して言える。
なぜだろう。私はこの日常がこれからもずっと続くのだと信じて疑わなかった。ゆえに、突然の別れに打ちひしがれ、絶望し、暗闇の中を彷徨うようにして新年度をスタートした。病み狂ったのは言うまでもない。
今年も彼は、雪の降る中せっせと荷物を積んでいく。赤、青、黄色。チェック、水玉、ストライプ。いろんな色の、いろんな模様。
僕は毎年、それを眺めながら心を落ち着かせる。一年に一度の大仕事。日頃の感謝を、今から数時間の間で彼に伝えなければならないのだ。
吐く息が白い。彼が小走りでこちらに向かってくるのが見える。さぁ、みんな、いよいよだよ。
彼は僕らをソリに繋げて、一人一人順番に抱きしめてくれる。
「コメット、キューピッド。まだ慣れないことだらけじゃろうがよろしく頼むよ」
2人はあどけない表情で笑う。
「ドンダーブリッツェン、彼らを支えてあげておくれ」
ドンダーブリッツェンは誇らしげに2人の方を振り向く。
「ヴィクセン、プランサー。君らが要だ、難しい任務じゃが果たしてくれると信じておるぞ」
ヴィクセンはフン、と鼻を鳴らした。きっと緊張気味のプランサーを鼓舞したのだろう。
「ダンサー、君の足の強さはこの国一番じゃ。期待しておるぞ」
ダンサーは瞳を輝かせる。
「ダッシャー」
僕の番だ。
「今年もよろしくな…きっと、来年も、再来年も…」
彼は涙を流した。
僕はそろそろ走れなくなる。誰もが迎える終わりの時が近いだけのことだ。だけど、もう何年も彼と共に走り抜けてきたから、それが終わるなんてまだ信じられない。だから僕は笑顔でいられる。
さぁ、みんな、いよいよだよ。
今年も聖なる夜にベルの音が響く。