あなたが悪いんだよ。私だけを見てくれないから。
約束したでしょ。絶対に裏切らない、何があっても
ずっと一瞬にいるって。
感情が抜け落ちたような表情を浮かべる女。
後悔と絶望、恐怖がないまぜになった目をして女を見上げる男。
その男のそばで、男と親しげに話していた女が驚愕の表情を浮かべたまま倒れている。
紫陽花が辺り一面に咲き誇っている。雨に打たれ、狂ったように輝く蒼。紅が混ざり、やがて妖しく紫に染まる。
冷淡な瞳で口元に笑みをたたえながら、女は男の手を取った。
燃えるような夕焼け。茜色に染まる。烏が鳴く。
もうすぐ深い夜に沈む。ポツポツと灯りが灯ってゆく。鉄塔の上から街を俯瞰しながらこれからの人生について考える。
家には二度と戻らない。絶対に一人で生きてやる。
牙を剥いた獣が一匹、光の滲む街に潜った。
自身を覆った氷を朝日が溶かしていく。
呪縛から開放される。
少し戸惑う。
いいのか?
諦めていた場所へ、足を踏み入れることができるのか?
光が強張った心さえも溶かして陽だまりへ連れて行こうとする。全ての罪を包みこんで赦そうとするような朝日の温もりが、この瞬間だけはありがたかった。
分かれ道。右へ行こう。
分かれ道。もう一度右へ行こう。
分かれ道。今度は左へ行こう。何か変わるかも。
分かれ道。あれから何時間経った?
分かれ道。気が狂いそう。
分かれ道。もう狂ってるか。
分かれ道。ここから抜け出す方法は?
何か握ってる。…これ。抜け出せるかもしれない。
首に当てる。暗くなった。
「そろそろかな」
数ヶ月前に観測された惑星が隕石となって地球に落ちる。そういうふうにテレビで放送されたのは先月だ。それが今日、予想をはるかに上回ったスピードで地球に衝突するらしい。
ちょうどその日は生まれてからずっと一緒だった友人と会う約束をしていた。何をするにも一緒だった。だから自然と、お互いが好きなことをして過ごすのではなく、最期の時までそばにいることになった。
「なんとなくずっと一瞬にいるんだろうなって思ってたけど、本当にその通りになるなんてね。」
「でもこんな最期だとは思わなかったよね。」
「なんか来世も隣にいる気がするね、私たち。」
「ふふ、わかる。」
「来世はもっといろんな景色を見に行こうか。」
「ご飯もたくさん食べようよ。」
暗い空に幾筋もの光が灯る。アラームが鳴り響く。
私たちはどちらからともなく手を握り、肩を寄せ合いながら、来世への希望を語り合っていた。