「…37.2℃」
体温計を睨みつけて君は口を尖らせた。
やっぱりな。抱きしめた時熱い気がしたんだ。
「はい、おでかけ中止。そのまま寝てな」
「むー……」
「昔だったら大したことないただの微熱じゃんって軽口のひとつも言ったとこだけど、このご時世そういうわけにもいかないのはわかるだろ」
「わかってるー…。俺がムカついてんのは自分の体のことなのに俺がわかんなくて…もしかしたら移しちゃうかもってこと…」
「まだ濃厚に接触する前だから大丈夫じゃね?」
下ネタ嫌いな君から枕が飛んできて俺は笑う。
「嘘嘘。俺も帰って今日は大人しくしとくよ。ホントは……」
「うん……ホントは……」
こんなご時世じゃなかったら、微熱のある君を置いて帰ったりしない。ぎゅっと抱きしめてふたりでぬくぬく眠りにつくのに。
「……おやすみ。明日には良くなってるさ」
「うん…おやすみ……。ごめんね」
「謝んなよ。寂しくなる」
悪いのは、君の微熱。
▼微熱
君は飛行機が大嫌い。落ちていくみたいな感覚が怖いんだと。まぁ分からんでもない。飛んでるということは落ちることもあるということ。
「恋に落ちるのは怖くないのにね」
「お、なんだ急に。いつ恋に落ちたんだよ」
「はぁ?」
君は飛行機の中、俺の手をぎゅっと掴んだまま俺を睨みつけた。
「初めて会った時に決まってるでしょ!」
俺は思わず吹き出す。
まぁそう。その通り。俺たちは恋に落ち、そして。
「でもさ、落ちずに一緒に飛んで行こうな」
▼落ちていく
「ホント君たち老夫婦みたいだよな」
俺らがよく言われる言葉。ただの夫婦じゃなくて老、ってつくところがポイントね。って俺らまだアラサーだわ!
と言いつつ我ながらまぁ思ったりする。俺ら老夫婦だなーって。
だって例えばさ、俺がちょっと腹痛てぇなってなった時、君は何も言わずにハイって胃腸薬出したりする。
「なんでわかんの?」
「…なんとなく」
顔色かな。しかめ面のせい?
俺も君が不機嫌な時、ほいって缶コーヒー投げ渡したりする。無糖のね、君は甘くないのが好きだから。
君は唇尖らしてたまま、
「…こんなんで騙されないからな」
なんて可愛くないことを言ったりする。
あ、こういう時は夫婦関係ないか。君がご機嫌を損ねるのはだいたい俺のせいで、そんな時も君は俺のこと絶対嫌わない。もちろん俺もね。
「そういうとこが老夫婦たる所以てか。もう聞いてらんねぇのよ、一生やってろ〜」
俺の戯言を聞いてた仲間からの憎まれ口。
そんなのも心地いいねぇと俺もニヤリ。
▼夫婦
「…わからない」
誰でもわかる人が多い一般常識を問われても、君は答えられないことが多い。確かにそれは本人のせいとも言える。たとえ君には、その分普通の人にはない魅力があるよと言っても。
「どうすればいいかわかんないんだホント…」
「なんでだよ。言っただろ」
君がしょんぼりするたびに、俺は笑ってこう言うんだ。
「おまえはそのままで良いんだよ。わかんないことは俺に聞け。俺がおまえの辞書になるから」
▼どうすればいいの?
撮った写真を現像してアルバムに…なんてことをする性格じゃないけど、スマホの写真はなかなか消せない。
特にこの〝アルバム〟はちょーと他人には見せられない。
スマホになった時からの君との思い出。最初に2人で自撮りしたのとかね、マジ懐かしい。
これとかさ、覚えてる?
「覚えてるよ、決まってんじゃん」
隣で君がニコニコと俺のスマホを覗き込みながら声を上げる。わー、これとか懐かしいねぇ。
これもこれも。
「これも!」
そう言って笑った君の隣で俺も笑う。
たくさんの思い出。終わらない記憶。
▼たくさんの思い出