9/6/2024, 2:25:30 PM
毎年、冬の終末に私は夢を見る。幼い頃の記憶だ。
厚い雪化粧をした田圃や山の木々達。花と耳を赤くしてはしゃぐ子供達。私もその一人。雪だるまを作るべく小さな雪玉を転がしていた。石や砂利、砂の混じった歪な雪玉をせっせ、せっせと両手で押したり、時には雪を掬って手でくっつけたり。
ポケットに手を入れて歩けば先生に叱られ、走っては転び、降る雪に舌を突き出して舐める。本当、馬鹿な事をやった。
夢から覚めれば、カーテンの隙間から差す光を睨みながら、それを全開にする。
叢雲が流れ、鶯が囀り、春の刻を告げていた。
『時を告げる』
9/5/2024, 1:57:37 PM
数年前の初夏の頃、俺は淡い桃色の貝殻を砕いてその粉を飲み込んだ。
彼奴と過ごしたひと夏の思い出の品であるそれは、口の中でジャリジャリとした砂とほんのりと夕暮れの海風の香りを遺しただけであった。
貝殻を飲み込んでから今に至るまで、彼奴の事を思い出す事はなくなっていた。ずるずると女々しく彼奴の事を引き摺っていたのが嘘のように。
形に残る思い出が無くなるだけで、こんなにも苦痛から開放されるのか。そう驚くばかりである。
あの頃を思い返そうとしても、彼奴の声も、顔も、香水の香りも、体温も、仕草も、何もかも記憶がぼやけてしまう。
ただ、何処かから聴こえる波の音が記憶の中で響くだけ。
『貝殻』