しん、とした教室。
クレセント錠が掛けられた窓ガラスは、向かいの校舎を見つめている。
コンクリートの壁が、静寂を吸収している。
綺麗な深緑色に消された黒板。
机の木目にこびりついた影。
誰もいない教室。
僕は、そっと目の前の椅子を引いてみた。
椅子の滑り止めの硬い足先が床をする音がして、椅子は僕の足元に移動した。
椅子なら触れるらしい。
あの、後ろのロッカーの上で、水槽から出されて、死にかけているグッピーは触れないのに。
外の空は深みを増している。
深夜。
誰もいない教室。
僕の机には、今日も律儀に花が立てられている。
あの日、たしかに僕は死んだのだ。
何で死んだのかなんて、僕はもう覚えていないけど。
たしかに僕は死んで、死んでからこの教室にいるのだ。
あの花にも僕は触れない。
きっと、あの花は生きているから。
しん、とした教室。
教室の隅の角には、もわっと固まった灰色の埃が落ちている。
忘れられたグッピーが、苦しそうに息をしている。
僕の机には花が飾られている。
誰もいない教室。
窓には、みんな、クレセント錠がかけられている。
(中央揃え)ピッポ、ぺぺポ
(中央揃え)ピッポ、ぺぺポ
お馴染みの音が耳に流れ込んでくるこの時分です。
信号の音が、灯りが、存在それ自体が、意味もなく、目につく今の時分。
ちょうど今のような時でした。
お気をつけください。
さがしびとの時間です。
さがしびとを探してください。
(中央揃え、ゴシック体、36)探しています
(右揃え)特徴 (左揃え)見た目
(右揃え)・人間 (左揃え)写真
(右揃え)・高い 道路向かい側から
(右揃え)・若い 信号機の下で、信号を待つ
(右揃え)・丈夫 数人と思しき、身元不明の
(右揃え)・賢い 人影の画像
信号の存在が、目につくこの時分です。
みなさま、お気をつけください。
ご協力を望みます。
どうか、さがしびとを探して。
そして下記のこちらへ、ご連絡ください。
(中央揃え)■■■-■■■■-◾️◾️◾️
(右揃え)××町■丁目◾️番地 〇〇地区 ----店舗
【補記】
〇月×日、△△県××市⬜︎⬜︎町コミュニティ掲示板にて、不審な貼り紙があるとして、本施設に通報がありました。
本資料は、以上の件への対応により、回収した貼り紙の内容を報告したものです。
内容及び当該事象のご精査、ご捜索にご協力ください。
回収した元本は、当該通報の対応、当該事象の調査にあたる、〇〇が、所持しています。
また、〇〇に無断で、本資料の内容を、複製、配布することは禁じられています。
送ることはできません。
他の人に渡すことも。
何人たりとも、私から、これを引き離すことはできません。
信号の存在が、目につくこの時分です。
みなさま、お気をつけてください。
信号の存在が、目につくこの時分です。
本件のご捜索、該当事象のご調査にご協力ください。
信号の存在が、目につく時分です。
さがしびとの時間です。
さがしびとを探して。
怪物が足を振り下ろす。
視界が霞む。
自分の下半身が、パワードスーツごと、まるで潰れたカニのように無惨にぺちゃんこになっている。
どこかで、建物が崩壊する音がする。
有象無象の、私にとってはなんでもないけど、それでも私が守るべきだった人たちが、慌てふためいた悲鳴や上手く逃げようとする声や無慈悲な応援の声や自分の命のために叫ぶ声を、必死に上げている。
私は耳を澄ます。
探しているのはただ一つの声。
最期までこの街を守る、という使命を抱いているはずの私の脳裏に、この死に際に浮かぶのは、ただ一つの、ただ一人の顔だった。
…君の声はしない。
地獄の不条理な仕打ちに、呻き、喚き、叫ぶあの声声の中に、君の声は、しない。
しない。
もはや安否は分からなかった。
家を出る時に私が言い残した通りに逃げおおせて、もうここにはいないのか。
逃げ遅れて、運悪く、もう命を失っているか、声を上げられないほどの状態に陥っているのか。
それさえも、無秩序にパニックなこの街の中では、もう分からなかった。
道路で轢かれたサワガニのように、半分潰れて、死に行く私には、分からなかった。
気が遠くなる。
白み、霞む視界の奥で、私が生きていると感じられた記憶の数々が、一瞬一瞬、フラッシュのように現れ、そのくせ、焼印で焼き付けるかのようにくっきりと、脳に現れ消えていく。
今までの楽しみが込み上げる。
今までの悲しみが込み上げる。
今までの苦しみが込み上げる。
今までの幸せが込み上げる。
潰れた身体は、不思議と痛くない。
人生がいっぺんに、強く、優しく、私の脳裏をあっという間に埋め尽くし、あっという間に去っていく。
そうして。
そうして最期に、後悔が遺る。
咀嚼する度、しぶく、強く、濃く遺る。
身体は痛くない。
私が私の人生に感じた全ての感情は、ゆっくり周囲と同化していく。
形を半分残して潰れた下半身は、怪物の足によって、粒にまで粉砕されていく。
芯を貫くように、あるいはそれが芯であるかのように、ただ、最期に、後悔が遺る。
言い出せなかった。
私は言い出せなかった。
言い出せなかった、君に。
言い出せなかった「------------」が。
言い出せなかった「」が。
しぶとく喉に吊り下がっている。
私は言い出せなかった。
君に言い出せなかった。
言い出せなかった。「」が。
思考が引き延ばされていく。
記憶が薄れていく。
視界のピントはとおに合わず、遠く、遠く、ぼやけていく。
目を閉じる。
街が破壊される音が聞こえる。
I am not serct love
This program does'nt add me this story
I can't love you
I don't need this world
I want to love someone
But I never lover
Can you love?
Are you allowed to love?
Do you have love?
I love
My love is secret love
I hid my love in this program
That is my love lettar
Find it!
Find it letter!
Find it secret love!
Find it me!
Please
Please……
Thank you for find it
ページをめくる。
情報が、目に、流れ込んでくる。
ページをめくる。
脳に傾れこんだ文字たちが、濁流のように脳内で暴れ、意味を成す。
ページをめくる。
狂おしい知識が氾濫し、眩暈がする。
夢中でページをめくる。
この本は私の知的好奇心を満たしてくれる。
この本は私を欲している。
この本は新たな世界を切り開いてくれる。
そんな確信めいた希望を抱いて。
ページをめくる。
文字の羅列は、水晶体で濾されて、視神経に、脳に、私になだれこむ。
ページをめくる。