薄墨

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しん、とした教室。
クレセント錠が掛けられた窓ガラスは、向かいの校舎を見つめている。
コンクリートの壁が、静寂を吸収している。

綺麗な深緑色に消された黒板。
机の木目にこびりついた影。
誰もいない教室。

僕は、そっと目の前の椅子を引いてみた。
椅子の滑り止めの硬い足先が床をする音がして、椅子は僕の足元に移動した。
椅子なら触れるらしい。

あの、後ろのロッカーの上で、水槽から出されて、死にかけているグッピーは触れないのに。

外の空は深みを増している。
深夜。
誰もいない教室。
僕の机には、今日も律儀に花が立てられている。

あの日、たしかに僕は死んだのだ。
何で死んだのかなんて、僕はもう覚えていないけど。
たしかに僕は死んで、死んでからこの教室にいるのだ。

あの花にも僕は触れない。
きっと、あの花は生きているから。

しん、とした教室。
教室の隅の角には、もわっと固まった灰色の埃が落ちている。
忘れられたグッピーが、苦しそうに息をしている。
僕の机には花が飾られている。

誰もいない教室。
窓には、みんな、クレセント錠がかけられている。

9/7/2025, 1:28:49 AM