両腕をめいっぱい広げて君と飛び立つ。
人生初のバンジージャンプ。
「大人になっても、きっと忘れない」
「あなたが好きなものと嫌いなものは、きっと忘れないから」
「何十年経とうと、きっと忘れない」
「あなたのことは、きっと忘れない」
そうやって誓い合った私たちだけど、まさか、この歳になって、あなたを恨むことになるなんて。
「こんな老いぼれに手を貸してくれて、ありがとうね。親切な方ね」
なんて。
穏やかなあなたの、いつまでも愛らしい、シワだらけの笑顔なんて見たら。
ずるい。
「きっと忘れない」なんて約束、蒸し返せないじゃない。
恨もうにも、恨めないじゃない。
丸い目をした愛しいあなたに
なぜ泣くの?と聞かれたから。
大人だって泣きたいときがあるんだよ、なんて、
答えにもなっていない言葉を返した。
足音が、
近づいてくる
足音が、
ゆっくり、
ゆっくり、
確実に。
遠い暗闇の中から、
ゆっくり、
ゆっくり、
一歩、
一歩、
確実に。
近づいてくる…
近づいてくる!
ひた
ひた
ひた
ひた
かつ
かつ
かつ
かつ
私の足音
じゃない足音
近づいてくる
遠い暗闇の中から
ゆっくり、
ゆっくり、
一歩、
一歩、
確実に
焦げるような日差しが、地面を焼いている。
ずっと先に誰かいる。
道はまっすぐ続いている。
足を踏み入れたくなるほど、丁寧に整備された鮮やかな道だった。
太陽の下で枝を伸ばしている木々の末端に茂る葉が、意味もなくざわめいている。
蝉の、うるさいくらいかしましい大合唱が、誘うように響きわたる。
一歩を踏み出したくなる心根を、じっとこらえる。
この夏の中に踏み出すことこそ、まだ正体すら分からない奴らの思う壺なのだ。
いくら、数年前に消えてしまった夏という季節が恋しくとも、目の前の、額縁の向こうに広がる、あの夏には、足を踏み入れてはいけない。
入ったら最期、終わらない夏に囚われ続けるのだから。
私の役目は、感情のまま、この終わらない夏に囚われることではない。
私の役目は、冷静に論理的に、この終わらない夏を研究し、管理することなのだから。
焦げるような日差しが、地面を焼いている。
ずっと先に、黒い人影が立っている。
道はまっすぐ続いている。
蝉が、誘うように鳴きわめいている。