薄墨

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5/22/2025, 10:32:34 PM

私たちを形作る細胞は、一ヶ月で入れ替わるらしい。

つまり、あの日の私はもういないのだ。
こっぴどく打ちのめされて、トボトボと帰ってきた、あの惨めな私はもういない。

あの、泣き疲れて寝落ちたあの忌まわしい夜から今日で一ヶ月。
今日の私はもう昨日までとは違う。
昨日までの私とは違うのだ。
私はもう変わったのだ。

いきなりドアが開いて、私の家族が連行されてから、今日で一ヶ月になる。

あの日、私は知ったのだ。
私の生活が法を犯した方法で成り立っていたこと。
あの家族は私の本当の家族ではないこと。
私の信用していたあの家族は、私たちの国の安全を脅かしていたということ。

私の家族は、私以外はみんな、私を裏切っていたということ。

あの日のあの夜から、何度泣いたか、もう覚えていない。
家族が連行されて、長い手続きと保護からの再教育、それから事情聴取。
諸々の長い長い手続きを終え、疲れ切ったあの夜から、私は何度も泣いた。

家族との別れが悲しくて。
家族に裏切られていたことがショックで。
私だけ何も知らせてもらえなかった不甲斐なさで。
自分の身近で起こっていた裏切りに気づけなかった無力感で。
プライベートな空間に突如何者かが乱入して、それからの生活が全部崩れ落ちてしまう、そんなことの恐怖に気づいて。

どうしようもなくて、泣く以外に出来ることなんてなかった。
何にも気づけなかった、鈍感で、無力で、子どもでしかなかった私。
それが昨日までの私。

でも、今日の私は、昨日とは違う私。
あの日から一ヶ月が経ったのだ。
細胞は入れ替わって、私は新しい私になった。

朝日がカーテンの隙間から、細く差し込んでいる。
あの日から、ずっと開けられなくてしまったままのカーテンの隙間から。

私はカーテンに手をかける。
一ヶ月後の朝日が、カーテンの隙間から差し込んでいる。

5/21/2025, 9:23:44 PM

「sunrise」「sunrise」と聞き、振り向けば
 隣のホームに 特急が着き

朝陽君 「My name is sunrise」
 おどけて話し、ぎこちなく笑われ

5/20/2025, 2:02:22 PM

スカッとした青空が、どうしようもなくうるさい時は
人肌ほどにあたためたゼラチンを溶かして、
爽やかなゼリーにして
食べてしまおう

どよんとした灰色の空が、どうしようもなく重たい時は
さらっさらの漂白剤を溶かして、
新品みたいに洗濯して
アイロンをかけよう

何もかも嫌になって、どうしようもなく疲れた時は
ただ静かに地べたに寝転んで、
腕をまっすぐ垂直に上げて
空に溶けよう

When the sky is too blue
We make bule sky jelly,
The gelatin dissolve in sky
And eating

When the sky is too ashen
We wash ashe sky,
The bleach dissolve in sky
And ironing

When you are tired and gloom
We throw ourself down earth's surface
Reach our arms for the sky
Like our body dissolve in sky

5/19/2025, 1:51:39 PM

「どうしても…」 食い下がる空 蝉の声

5/18/2025, 10:56:44 PM

こういうときに「まって」と思ってしまうのは、僕たち子供の本能なのだと思う。
今日の作戦の終了間際にも、リーダーにすがりつく、遺された子供が何人もいる。

僕たちが村の“奪還”を命令されるのは、これが最初じゃない。
重たすぎる装備を担いで、略奪と虐殺を繰り返すこの奪還作戦は、非力で経験不足の僕ら少年兵部隊の仕事だった。

村に残っている大人たちを、銃やらなんやらを使って、追い立てて、食糧やら物品やらを押収して、最後に証拠を隠滅する。
それが僕たちの仕事だ。

そして僕たちも、そういう、少年兵が“奪還”した村の子供だった。
親や信頼できる大人やちょっといけすかない、でも確かに僕たちの仲間だった大人を殺した少年兵部隊たちに、僕たちは加わった。

そんな敵に与するようなこと、なんでするんだ、と大人たちは思うかもしれない。
でも仕方ないのだ。
子供の本能でどうしようもないのだ。

僕は、僕の村が“奪還”された夜、僕がこの集団に加わることになったあの夜のことを、まだはっきり覚えてる。

あの日、火と血にまみれた村の中で、頼れる大人たちはみんな、何も言わずに横たわっていた。
僕の村の大人たちを殺したであろう、兵たちは、物品を見繕って、淡々と荷物をまとめ、立ち去ろうとしていた。

その時、真っ先に僕の頭に浮かんで、それから脳の中を埋め尽くした感情は、怒りではなくて、焦りだった。

このままじゃ、置いて行かれてしまう。大人も、頼れるものも何もいない、何者にもなれないこの静かなだけの村に。
置いて行かれてしまう。

それが本当に怖かった。
怖かった。

僕の口からこぼれ落ちたのは、力無い「まって」だった。
これが映画や漫画の世界なら、きっと、「待て」とか「なんで殺した?」とか「絶対仇をとってやる!」とか勇ましい、怒りのセリフであったはずだけど。

僕の口から出たのは、「まって」だった。
僕は子供らしく、子供の本能から、敵なのに、ひどいのに、それでも強そうな、ちょっと歳上なだけの、目の暗い少年兵たちにすがりついたんだ。

それから、今までいろんな村を“奪還”しに行ったけど、どの村の子供も、少年兵に「まって」と縋りつく。
ほとんどの子供が。

そして、そういう子供たちで、僕たちは数を増やしてきたのだった。

リーダーが、村に遺されて縋りついてきた子供たちに、対応している。
「ついてこい」そういう身振りで、新たな少年兵たちを増やしていく。
少年兵になった僕たちが、奪還した村の子供たちを救う方法は、これしかないから。
自分の仲間にしてしまう他に、僕たちが、大人に、世界に対して出来ることなんて、ないから。

僕たちは荷物をまとめ、「まって」と口に出した子供らしい仲間たちの数を数えて、点呼を取る。
そろそろ撤退の時間だ。

東の空が白み始めている。
僕たちは行軍を始める。
戦利品と新たな仲間を連れた、虚しい行軍を。

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