あたし、とある王国の姫!もうすぐ7歳!
お父様は、王国が繁栄するよう、力を尽くして頑張っていらっしゃるのよ。
あたしはお父様が大好き!
お母様は、私が生まれて一年後に、隣国に人質にとられて死んでしまったの。
でも今は、お父様の頑張りのおかげで、隣国となかよしで平和!
隣国の王太子様と私も仲が良いのよ。
王太子様は、穏やかでいい人!
いつも一緒に遊んでいるの!
けれど、昨日、お父様が、あたしの誕生日がすんだら、隣国と戦争を始めると発表したの!
「この国の存続のための、未来を勝ち取る戦争だ。この決定は『未来への王道』。皆、よろしく頼む」って…
大変!王太子様と遊べなくなっちゃう!
それに、遊び相手の侍女やいつも暇をしている配達員のお兄さんは、戦場に行くのは嫌だって言ってるの!
だから、私は戦争反対の侍女やお兄さんや王太子様と一緒に戦争を止めるため、お父様の暗殺計画を立てたの!
実行役はあたしと王太子様!
名付けて、「未来への船」作戦!
二人で力を合わせて、計画をぜったいに成功させて、戦争を止めてみせるんだから!
次回!『未来への船』!
ぜったい見てね!
「姫様、情に絆されず、もう少し冷静になってお考えくださいませ。隣国の今までの仕打ちを。今、この国に突きつけている無理難題な要求を…。このままでは、うちが隣国に吸収されますぞ!
変なことをしていないで、歴史の勉強をしてくださいませ…」
小鳥の鳴きかわす声が聞こえる。
草木がさわさわと身じろぎをする。
がさっ、っと茂みが動く。
天井のある建物の中で寝るよりも、晴れ渡ったまっさおな青空の下で寝るほうがずっと気持ちがいい。
人工的な建物の、蛍光灯に睨まれて眠るよりも、明るく暖かい太陽の光を、これでもかと吸収して阻む、木の葉たちに睨まれて眠るほうが、ずっと気持ちがいい。
だから、外へ出たのだ。
静かなる森へ、こっそり、堂々と。
丈夫な縄と遺書の準備は出来ている。
したいことリストを書いた手帳も忘れていない。
覚悟もできた。
準備は万端だ。
永遠の眠りにつく準備は。
種類の分からない鳥が、ぎゃあぎゃあと騒いでいる。
青空が、木々の隙間から、水色の顔をのぞかせる。
姿すら見えない動物が、ガサゴソと動く音が聞こえる。
木の葉の隙間から、太陽の光が細く伸びている。
静かな、静かなる森だ。
ここで、私は死ぬ。
無機質な病室や、帰れてないばかりに雑多で静かな自宅より、ここで眠るほうがずっと気持ちがいい。
だから。
太い枝をほこる、丈夫そうな木を探して歩く。
陽の光を一身に受けて、明るくどっしりとした木を探して。
私は、最期の眠りにつくための場所を探して、静かなる森へ進む。
鳥が鳴き交わしている。
気配を潜めているはずの、動物の気配さえも感じられる。
木々がザワザワと噂話をしている。
今日は、晴天だ。
青い青い空が、木々の向こうにきっとある。
夢を描けない人間も、とりあえず言われた通りにレールに乗っていれば、平凡に立派な大人になれるらしい。
それを証明したのは僕の従兄だった。
別にこれといって好きなものもなく、得意なものもなかった従兄は、大人の意見に時に反発しながら、でも最後には折り合いをつけて、ずるずる受験を終えて、ずるずる大学を卒業して、ずるずるそこそこ良い会社に就職して、ずるずるそこそこの生活を営んで、今年の一月には僕にもきちんとお年玉をくれた。
そんな従兄を見てきたから、僕は夢を描くことにした。
みんなと同じレールに乗るのは嫌だったから。
僕にも、好きなものや得意なことはなかったけど。
夢は、見るだけじゃダメらしい。
夢を目標にする過程がくっきりと見えるくらい、詳細に微細に描かなくては、夢は実現しないし、周りもマジにはなってくれないのだ、と。
近所でいつもフラフラしていて、公園で小学生たちとよく遊んでいた、くたびれたスウェットを着た大きいお兄ちゃんが言っていた。
「夢を描け!」
無数のテレビや動画や動画に差し込まれるCMや何も知らない大人たちは、無責任にそう煽った。
僕は知っている。
夢は見るだけじゃダメだということ。
夢は詳細までしっかり描くのが大切だということ。
夢がない人にこそ、レールに乗った人生が救いだということ。
僕のパパは死んだ。
夢を描け!と言う、今どき僕でも引っかからない無責任な煽りに、ホイホイ乗っかって、中途半端に夢を描いて、現実に押し潰されて、夢でふわふわに描いていた残りの人生を、現実まみれの現金に変えるために、遺書を書いて、椅子を蹴って、
死んだ。
僕のママは嘆いた。
物体に成り果てたパパをどうにか処理して、パパの遺したものをなんとか整理して、黒い喪服にやつれて疲れ切った頭を貼り付けて、
嘆いた。
だから僕は夢を描くことにした。
夢を描け、という無責任な言葉に踊るいい歳をしたパパに先立たれ、夢を追いかけた敗戦処理という現実に追い詰められて、疲れ切ってやつれて恨み言しか吐かないママに育てられた僕は、少なくとも普通ではないし、従兄のような平凡な幸せでは、満たされないと思う。
だから、僕は夢を描くことにした。
夢を描いて、完遂すれば、無責任に無邪気に、「夢を描け」なんて言う大人たちを冷笑できるし、
夢を追う人を執拗にこき下ろすママの恨み言もきっと止められるし、
大人ではなかった馬鹿なパパを嘲笑えるし、
僕よりずっと幸福で平凡な従兄にも優しくできると思うからだ。
だから、僕は夢を探している。
とびきり上等で、僕でも細かく描ける夢を。
高校までには決めたいところだ。
僕は今、小学五年生だから、あと四年ある。
夢はまだ見つかっていない。
僕の周りの大人はみんな、「夢を描け」と言う。
まだこれから長いんだから、でっかい夢を描け、と。
僕は夢を探している。
細かく描ける、実現のビジョンがきっと立ち上がってくる、僕のための夢を。
僕の描くべき夢は、まだ見つかっていない。
テレビリモコンが届かない。
赤い電源ボタンや、その他チャンネルを変えたり録画したりあれやこれやするボタンがポコポコ浮き出ている、あの普遍的なテレビリモコン。
微熱くらいの体調の時は、背中側の肋骨と肋骨の間に、何か小さいものが挟まっている感じがする。
それはたいてい、丸まったら少しマシになる気がして、布団にくるまって、まるくなる。
薬を一旦止めた方がいい気がする。
お腹が張ってる気がする。
そんなお腹を抱えて、丸くなる。
手だけを伸ばしてみる。
めいいっぱい伸ばしても、テレビリモコンには届かない……。
伸ばした腕が、小さく震える。
やっぱり届かない。丸まったままだと。
布団のちょっと向こうに置いてあるテレビリモコンは、布団の中で丸まっていると、絶妙に取れない距離にある。
腕を一旦引っ込めて、また伸ばしてみる。
届かない。
届かない…
届かない……!
だめだ
腕を引っ込め、背中の違和感と胃もたれの重たさを抱え込む。
有意義な暇つぶしは諦めて、シーツの皺でも見ていよう。
微妙なしんどさを抱え込んで布団に潜る。
テレビリモコンは、澄ました顔でまだそこにいる。
木漏れ日に 誘われ見上げる 五月晴れ
手をかざし 手に飲み込まれる 木漏れ日め
マスクの子 撫でる木漏れ日の 暖かさ