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4/25/2023, 4:11:09 PM

※ポケモン剣盾二次創作・マクワとセキタンザン

ガラル地方にはねがいぼしというものがある。
特別な力を持った小さな石で、拾うと願いが叶うのだといわれている。
もっともポケモントレーナーには必須のもので、これがなければガラル特有の一時的な進化現象、ダイマックスもキョダイマックスも出来ない。
トレーナーになる時に手に入れ、そして加工して、腕輪の中に取り入れることでポケモンのために使えるようになる。それがガラルのポケモントレーナーの成り方のひとつだ。
幼いころから、ぼくもたくさんのひとの前に降って来たり、あるいは彼らの道の途中で姿を見せるその石を見て、わくわくしたものだ。
先輩たちは自分の「願い」を拾い上げ、初めてのポケモンと共にガラルのジムチャレンジャーとして旅立っていく。
輝かしいポケモントレーナーのはじまりの一歩を、ねがいぼしは象徴していた。
いつかぼくの前にもねがいぼしが降って来るのだろう。その時立派なトレーナーとして、自分のポケモンと共に一から旅立ち、共に成長していくのだ。

「マクワ、これがあんたのねがいぼしだよ」

新品のバンドは、母の手の上でぴかぴかに光を反射していた。ぼくは両手で受け取り、ぼくのために準備されたダイマックスバンドを見つめる。
暗く見えるケースの部分の中に、それは既に組み込まれていた。小さな石の形は、暗がりの中でちっとも見えなくなっていた。
胸の奥の方にある言葉は、ぐちゃぐちゃに混ざり合ってなにも拾い上げられなかった。

「ありがとう、お母さん」

気が付けば口角が弧を描き、口腔はお礼の形を描いていた。そう、母はいつだってぼくのために大変な努力をして、ぼくを導いてくれている。
毎日のきつい訓練だって、勉強だって、全部母が見てくれていた。
母は現役のリーグトレーナーで、ジムリーダーだ。母の言う事さえ聞いていれば間違いはない。
母の願いを叶える事は、きっとぼくの願いを叶える事だ。

「それとね、あたしのラプラスをあんたに譲ろうと思っているんだ」
「……え」

ようやくばらばらの気持ちが、溜息の流れに乗り、音と共に現れた。ラプラスは母の切り札だ。
母が大切に育てたポケモンであり、母と共に育ったポケモンでもある。
ぼくが体得してしまった『自我』の萌芽は、母親との、そして街を一つ巻き込む程の激しくて長い諍いの始まりだった。



スタジアムに大きな歓声が広がった。
キョダイセキタンザンと、キョダイカイリキーが向き合う勝負の最中。カイリキーの放った巨大な拳、ダイナックルがセキタンザンに直撃した。だがキョダイセキタンザンは弱点を突かれたにも拘わらず容易く受け止めて、両足で立ち続けていた。
当然だ。誰にも負けないようにずっと訓練し続けてきた。彼の硬さは誰よりもぼくが知っている。
それでもこうして結果として見られることは、トレーナー冥利に尽きる。心の奥底に炎がくべられて、燃えゆくのが分かった。
ぼくの腕に輝くのは、結局、あの時母から貰ったダイマックスバンドそのままだった。
あちこちぶつけたりして当時よりは煤けてしまったが、それでもまだ立派に輝いて、切り札たるバディをキョダイマックスさせてくれるものだ。
ねがいぼしの光を纏ったセキタンザンは、キョダイセキタンザンとなって体躯を42mへと変化させる。ガラルでしか見られない進化現象。
何より迫力あるその姿は、観客を虜にすることを知っている。ぼくは彼の見目が何よりも映えるように彼の前に背中を見せて立ち、セキタンザンに指示をした。

「ダイバーン!」

セキタンザンの放った力いっぱいの劫火は、スタジアムの温度を一気に上げ、相手のカイリキーの体力を奪った。強い日差しが緑の芝を輝かせた。
セキタンザンとカイリキーの周りを包んでいた紅い光が破裂するように輝き、空気を吐くように元の姿に戻っていく。彼らの姿を変えていたダイマックスエネルギーは時限付きのものだ。
お互い体力はそれほど残っていない。ここで一気に決めるしかない。
セキタンザンがぼくを振り返ると、赤い眼が爛々と輝いていた。灼けるような日差しが肌を貫く。これは反動で体力を削る大技だが、今の彼なら勝利をもぎ取れる。

「フレアドライブ!」

ぼくの叫びにセキタンザンが呼応して、石炭の巨躯を炎で包み込んだ。炎の弾丸となったセキタンザンはその場で跳躍し、パンチを繰り出そうとしているカイリキー目掛けて飛んで行く。
ぼくは見た。夜空を流れる一等星が空気を裂いて燃え盛っている。
流れ落ちる願い星が、今この瞬間ぼくの目の前にあった。ぼくが探していて、ぼくが何より見たかったもの。ねがいぼしは、ひとの願いを叶える星だ。ぼくの願いを乗せて、彼は輝きを纏い飛躍してゆく。
ぼくは思わずサングラスを抑えるが、自分の口角が上がってゆくのを感じた。
セキタンザンのねがいぼしは激しく燃え上がり、真っ赤な尾を引いて落ちて行く。
ここはぼくが選んだぼくの道の上だった。母との衝突を、批判の声を越えた先にある場所。
ぼくはここにずっといる。そして彼の隣に居続けたい。これから先も。
セキタンザンが吼え、審判が高らかに結果を告げた。
ぼくの流れ星は、ぼくの願いを聞き届け、かなえてくれたのだった。

4/22/2023, 3:54:56 PM

※ポケモン剣盾二次創作 マクワとセキタンザン(タンドン)

マクワという少年のモンスターボールの中に収まった。
正直、洞窟の中でひとり生活していた時とあまりかわらない。良いことは寒くないことと、いつも山の中をやって来るマクワの心配をしなくてよい事くらいだ。
俺は、長い間ひとりで隠れるように生きてきたタンドンだった。大昔、トレーナーとも一緒にいたこともあるが、別れがあって今こうしてここに居た。これからもずっとひとりで生きるのだろうと思っていたが、ある日俺の隠れ住む洞窟に迷い込んできたのがマクワだった。
彼はなにかある度にやってきて、洞窟で俺との時間を過ごした。ほとんどが他愛無いことばかりだ。宿題をするとか、本を読むとか、わざわざ俺の隣で行うのは少しばかり面白く見ていたし、一生懸命説明してくれる気持ちは嬉しかった。
彼の隣は、俺にとっても居心地の悪い物ではなかった。そうしてモンスターボールに収まった。
だがマクワには、既に決まったポケモンを育てる予定があった。
彼は有名なポケモントレーナーである母親の後を継いで、こおりタイプの専任トレーナーになることを決められていて、そのために毎日の時間をほとんど費やしていた。
残念ながら俺はこおりのポケモンではないから、いつまで一緒に居られるのかもわからない。
そしてその母親に見つかってしまえば、また洞窟生活に戻される可能性さえあった。堅実なマクワが選んだ小さな綱渡りだった。
だけどマクワはどうしても俺に近くに居て欲しいのだという。そうすればきっと、母の後を継いでも大丈夫だと。
マクワが跡継ぎを本心では拒んでいることは、明白だった。
俺は知っている。あのマクワの一見冷たい氷の色をした眼が、深みを持った灰簾石の輝きを放つときがある事を。彼は水の塊なんかじゃない。澄み切った透明な鉱石で、立派な石であることを。
まだ俺の体内で小さく波打つ炎は、それを証明するためにあるものなのだ。
前からどれくらいの時間が経っただろうか。久しぶりにモンスターボールから呼ばれた。岩の身体を持つ俺は、それほどたくさん食べなくてもへっちゃらだったから、やっぱりなかなかボールから出る機会はなかったのだった。
ひんやりとした夜の空気は変わらないが、いつもより重たい気がした。見れば一面に雪が積もっていた。マクワがトレーニングや気晴らしに使う公園だ。中央に立てられた時計台も、白雪が分厚い帽子になっていた。
マクワは帽子とマフラー、分厚いコートでもこもこになっていた。とても上質なものだ。ひょっとしたら手編みに見える手袋はあの母親が作ったものかもしれない。毛糸でマクワの証が編まれている。大昔一緒に居た人間は、編み物が得意だったから良く知っていた。
それに人間の言葉も文字もはわからないが、マクワが教科書やノートの裏にいつも書いている記号はしっている。あれはマクワを現すものだ。
雪の払われたベンチに座って、眠たげな眼が俺を見下ろしている。冷たい空気にあてられて、頬や鼻がほんのり赤らんでいた。

「……きみはやっぱり温かいのですね。雪が溶けています。冷たくありませんか?」

俺は頭を振った。水を浴びると滲みて痛くなったりする時があった。確かに足元が少しばかり濡れてはいたが、この程度なら平気だった。しかしマクワは俺を抱き上げると、ベンチの上に乗せた。

「うん、こっちの方がよいですね。……久しぶりになってしまってすみません。もうすぐジムチャレンジで……母もピリピリしていて。もちろんぼくも学ぶことはたくさんありますからね」

そう言いながら、マクワは横に下げた鞄から細長い干し草の束を取り出して、俺の前に差し出した。青い香りが食欲を誘い、体内の奥に燃える炎が欲しいとばかりに熱を上げた。
俺は一度マクワを見上げた。白くて丸い頭が頷いた。端っこを車輪に引っ掛けて、巻き上げながら食べていく。洞窟の近くにはなかったものだ。人間が何やら葉っぱを加工しているらしく、香ばしくてとても美味しい。

「口に合いましたか。よかった」

マクワが息を吐くと、真っ白になった。俺は干し草を一房呑み込んで、瞬きをしながら見上げていた。いつもぱっちり開かれているはずの碧い眼は、どことなく重たげで、確かに疲労がたまっているのだということが伝わった。
じっと見られていると思ったのだろう、マクワは慌てて手を振った。

「ああいや、すみません。きみのことを見つめるつもりはなくて……。いや、そうでもないか」

再び彼の口から白い息がもこもこと上がり、小さな風に乗って流れていく。

「……きみがいてくれるだけでぼくは……」

マクワのふかふかの毛糸の手が、俺の頭を撫でる。正直感覚が小さくて、あまりよくわからないけれども、なんとなく触られていることはわかって嬉しかった。

「うん。今日もありがとう。……タンドン、きみに不自由を強いていて……本当にごめん。でも……どうか一緒に居て欲しいんだ」

俺はただ肯首した。きっと彼の中にある、あの透き通った石の輝きを知っているのは俺だけだ。その光の隣にいて、それを証明出来るのであればなんでもよかった。
違うポケモンと一緒に居るマクワのモンスターボールに入ると決めたのは俺自身だったのだから。
けれど身体の重そうなこの無色の少年を見ていると、今ボールに出ていられるこの僅かな時間で、マクワとともにもう一度あの洞窟にでも逃げ出してしまいたいと思った。
俺は残っていた草の破片を身体の奥に送り込むと、上を向き、自分の上に乗っていた彼の手を石炭の先端に引っ掛けた。そして後方に車輪を進める。

「タンドン……?」

それほど重くない少年の身体が傾いた。けれど引っ張るところまではいかず、なかなかタイヤが動かない。ぐるりとその場で回転し、体勢を変えると前に輪を回した。

「……ひょっとして何処かへ行こうとしてくれている?」

俺は返事の代わりに引っ張る力をさらに加える。だが少年の毛糸の両手が俺の身体を抱き寄せて、膝の上に乗せられてしまった。そのまま抱きしめられる。
ふわふわして、冷たい彼の身体が、さらに小さな俺を包み込んだ。

「ありがとう。気持ちだけで……嬉しいよ。……タンドン」

身体が離れて、マクワのあの灰簾石の瞳が見下ろしている。俺が知っている、大好きな目の色だ。

「……もう少し考えられるかも……しれません。きみが後押ししてくれるなら」

再びマクワは俺をその薄い胸にあてた。俺はそっと擦り寄る。黒い煤の色が付かないように気を付けながら。
一緒に居れば、きっといつかその光が見える時が来る。いつかきっと、必ず。
公園に降り積もる雪は、少しずつ溶け始めていた。

4/21/2023, 5:15:40 PM

※ポケモン剣盾二次創作・マクワとセキタンザン

渇いている。乾燥した口の中はまだるっこく重たいが、指示を出すことに何ら支障はなかった。
だが口を開けているとざらざらした砂が入り込んでしまう。
青く怜悧なサングラスはこういう時でも、常に視界を守ってくれるので有利だった。
多くの砂を含んだ風が舞い上がり、煙に包まれていたスタジアムの視界が晴れる。湿気を含んだ土埃の香りでいっぱいだった。割り拓くように大きな黒い脚の影が見えた。ごうごうと煌めいているのは高く燃え上がるセキタンザンの背中の炎。まだ立っている。炎も弱まってはいない。
彼自身警戒を解いていないのだということも、その背がはっきりと物語っていた。
お互いキョダイマックスの時間はおわったが、そうだろう、これだけで倒れるはずがない。ならば先手を打つべきだった。奥歯からじゃり、と砂を噛みしめる音が聞こえた。

「ストーンエッジ!」

セキタンザンがその場で高らかに吼えると、鋭い石の槍が伸びていく。同じように複数の岩石がばらばらと降って来る。岩と岩のぶつかり合い。巨石もなんのその、バディが放った岩鑓は容易く砕いていく。
大きな影は自ら真っ直ぐに石の中へと突っ込んできた。一気に片を付ける気だ。

「セキタンザン、フレアドライブ!」

石炭の炎の温度が一気に上がった。焦げ付くような香りが増していく。
たくさんの命を守る事の出来る炎が燃える。燃え盛る。それはつまり、自分も相手も命を奪えるほどの強力な武器になり得るのだ。
水を纏って弾丸のように飛んでくる相手に向かって、セキタンザンは自らを燃やして飛び上がった。
いわを包み込んだ水と火が相対する。スタジアムの中が白い蒸気に包まれる。力と力がぶつかり合い、激しい風が巻き起こり、再び視界を阻んでいく。セキタンザンの方を見つめたまま、サングラスの表面に付いた水滴を払う。
白い視界の中、最後の切り札たるバディが苦しそうに膝を付いていた。

「セキタンザン!」
「ゴオッ」

セキタンザンは吐き捨てるように吼えると、再び体制を整えた。彼の身体から、特性が発動している証拠の白い煙が上がり続けていた。フレアドライブは反動が来る技ではあるが、まだ相手が動いた様子が見えないとなると、おそらく向こうも同じような状況だろう。
もはや許された体力は残り少ない。ゲージなるものがあれば、きっとちかちかと赤い信号を出しているに違いない。
辛そうに息を整えるセキタンザンを視界の端にいれ、ぎゅっと目を瞑り、再び目を開く。
今ここで自分も弱さを見せれば、彼が必死に耐えているものが全て水の泡となって消えてしまう。トレーナーの心得だ。
ぼくたちがここまで積み上げてきたものが軟じゃない事は誰よりもこのぼくが知っていた。
ここまで来たのだ、必ず勝利をもぎ取る。ぼくたちにとって今何より必要なのは勝ちの白星だ。
母の夢を蹴って独立した身、負けてマイナーリーグに降格するわけにはいかない。
スタジアムの上では先輩も後輩も何もない。勝つか負けるか、それだけだ。
観客の前で十分に彼の新しい魅力は見せられたはずだ。今もたくさんの人の歓声がぼくたちを呼んでいる。ならばあとは結果を手に入れるだけだ。

「……セキタンザン、いけますね!」

彼の紅い眼が振り向き、頷いた。視線が合うだけで、彼の中で燃えるものが同じように自分の中でも燃え滾る。硬い意志と高い温度がぼくの指先から指先全てに力を与えている。
力強く走り抜ける蒸気機関の進路をとるのはこのぼくだ。絶対に止めさせやしない。
ここですべてが決まる。決めてみせる。
蒸気の緞帳が割け、黒い影がゆらりと大きくなって近づいてきた。頭上からひやりとした冷たさが流れる。迸る水がここまで届いていた。来る。

「ストーンエッジ!!」

腕を振れば、水を割る怜悧な石の剣が昏い影を貫く。激しい爆発音が耳を劈く。煙が巻き起こり、再び強い風がスタジアムを吹き抜ける。ぐっと噛み締めたままだった息を吐く。
強い渇きはまだこの胸に蔓延っている。つばを飲み込む音が大きく聞こえる。じゃり、と砂粒を噛むと割れて小さくなった。
砕けた大岩が膝をつく音が聞こえる。きらりと燃える灯りが輝き、スタジアムのターフが見える。
わあと大きな歓声が地面を揺らす。
一筋の雫が顔を伝った。

4/13/2023, 5:01:03 PM

※ポケモン剣盾二次創作・マクワとメロンとセキタンザン

土砂降りの雨を初めて見た。大きな邸宅の一室、閑静な母の部屋の中。音も立てないその雨は、普段凪のように青く澄み切った母親の瞳に暗雲をもたらし、頬を濡らしていた。
ぼくは逃げるようにその場を後にした。もちろん、音を立てないよう細心の注意は払った。
いつだって勇ましく、試合中、たとえ最後の一体となり追い詰められてもその大きな瞳を輝かせるあの母が、まさか泣いているなんて思いもよらなかったのだ。
原因がぼくにあることはわかっている。朝、ぼくは母に自分の本当の意思を告げた。
いわポケモンに憧れていて、いわ使いになりたいのだと言い、そして既にその第一段階として、タンドンを連れていることも伝えた。これからいわジムの門戸を叩くことも。
あわよくば、笑って背中を押してくれるというのは、ほんの僅かばかりぼくが抱いた小さな希望的観測だった。だがしかし母が相当自分の跡継ぎに関して入れ込んでいることはぼく自身が何より、おそらく世界で一番身をもって知っている。
ぼくはこの世に生を受けた瞬間から、その祝福は全て立派に母の座を継ぐためという理由を紐づけられた条件付きのものだった。
その代わりガラルでトレーナーを志す同級生や、上級生に後ろ指を刺されたことは数えきれないし、羨望を向けられることも少なくはなかった。
一流選手である母のことは、当然誰もが知っている。その長男がぼくであることも。
魂を切り売りするような複雑な環境の中、母がその身で蓄えた知識と経験全てを直接その身で学ぶことが許されていたのだった。
だからこそぼくは将来こおりタイプのジムリーダーになることが決まっていた。
ジムリーダーという職業に就ける保証は、ガラルのトレーナーであればのどから手が出る程欲しいものに違いなかった。
もちろん母は身内だからといって容赦をすることはない。ガラルリーグは実力主義の厳格な場所だ。もとより自分のジムのトレーナーにさえ厳しいと評判のひとだ、跡継ぎと決定している相手に手を抜くことはしなかった。
今思えば幼い子供にさせることだったろうかと首をかしげたくなるようなものもあった。とにかく、凍えるような冷たさはぼくにとって母の代名詞となった。
そう思っているのも、おそらくこの世界でぼくひとりだろう。いや、こおりタイプのジムトレーナーであれば多少は理解してくれただろうか。
しかし母は、時に恐ろしい程の甘やかさを押し付けることで、ぼくから何もかもを奪おうとした。
自分の連れているバディを、ぼくのバディにしようとしたのだ。
母は自分の思うがままだったが、ぼくはなんとかそれにしがみ付いていた。そうしなければ失望されて何もかもを失うと、本気で思っていたこともある。
幼い子供だ、母親に見捨てられて、しかもポケモンさえ連れていないとなればどこにも行き場は失う。寒いキルクスの中でひとりで生きられるはずがない。
けれど初めて母がラプラスをぼくに譲るのだと言った時、ぼくの脳裏に浮かんだのは、初めてのポケモンを自分で選ぶこと、あるいは捕まえること、その経験が奪われてしまうことだった。
ぼくはぼく自身の新しい経験を刻み、そして絆を深めた相手と一緒に居たかった。
きっと母のラプラスをぼくがバディにしてしまえば、また母はラプラスに対してもっと良い方法があるなどと言って強く口出しをしてくるだろうことは、手に取るように想像が出来た。
母が自分の育てたラプラスを譲られてしまえば、何もかもを失ってしまうと思った。それはもはや、スタイルの押し付けに違いなかった。
ポケモンが嫌いなわけではない。こおりポケモンのことも、繊細で美しく、そして特有の強さをもった彼らを尊敬していた。
リーグを席巻するようなポケモントレーナーにはなりたかった。ぼくであれば必ずなれるだろうという自信も少なからずあったのだ。
だが、とにかく母のやり方に「No」を突きつける必要があると思った。それも早急に。
でなければぼくがぼくでなくなる。枷付きのぼくに、呼吸が出来るとは思えなかった。今でさえ、母のやり方についていくことは簡単ではなかったのだから。
それからぼくが行動に移したのはあっという間の事だった。こおりに強いポケモンをぼく自身の力で手に入れた。
そして、ぼくはとうとう母の元から離れたい、いわタイプを極めたいのだと母に告げることが出来たのだった。
当然のように母は絶対零度で怒ったし、ぼくもそれに対抗した。絶対に譲らない硬い意志を示した。母は自分の部屋に戻っていった。その向こう、廊下の先にぼくの部屋があったので、半分だけ開いたままの母の部屋の扉を覗いた。
そこで見たのが、母の降らせた雨……もとい、涙の姿だった。
気丈で強く気高い母が、明るくて優しく頼もしいあの母が、まさか泣いてしまうだなんて。そしてその原因がぼくだなんて、信じられなかった。
口の中が乾き、それから胸の奥の方に震える熱くて重たい塊のような何かがあった。それが何なのかはわからなかった。ただ、暗雲はぼくの心にも分厚く立ち込めていることだけは理解した。
ぎゅっと口を結び、母の部屋を後にした。それから荷造りの仕上げをして、いわジムの下へと飛び込むつもりだった。
ばたんと部屋の扉を閉ざし、既に衣服や荷物が詰められた鞄を見ようとした。何かの角を思いきり踏みつけてしまい、痛みに呻きながらベッドの中に顔を押し付けた。
普段なら綺麗に整理しているはずの部屋の床の上に、無造作にものを置いて捨てていたぼくの自業自得だ。大きなテレビの電源が入り、画面はトレーナーの試合を映し出している。
スタジアムの中、キョダイセキタンザンが大きく吠えると無数の岩が現れて、相手の周囲を囲っていく。
もくもくと上がる煙はキョダイマックス・エネルギーを受けた赤い色とともに、彼自身の黒雲の色を保っている。
ぼくは思わずじっと見てしまう。キョダイセキタンザンはその大きな身体で苦手な水さえ受け止めて、たちまちスピードを自分のものにしてしまった。その鮮やかさと猛々しさが、きらきらと輝いて映る。こおりタイプのポケモンでは持ちえない耐久の力と、熱が生み出す力強さ。
あまりにもカッコよすぎて、ぼくの目は虜だった。
ぼくがテレビを見ていたことに気が付いたのか、ボールからタンドンが現れて、彼もいっしょになって画面の釘付けになる。いつもだったら叱るところだが、ぼくにはそんな余裕すらもなかった。
ただただセキタンザンのすごさに圧倒されていたのだ。

「……タンドン。ぼく……きみとこういう風になりたい……。どうかな……?」

見下ろしたタンドンの赤い瞳は、ごうごうと燃えていて、画面の中で岩を生み出した時のセキタンザンの色そっくりだった。ぼくは同じ気持ちを抱いてくれていると確信した。
ぼくは彼を利用する。母の檻から逃げるための、硬くて小さな鍵として。
そして氷を打ち砕く立派な岩石として。

「……うん……。ぼくはまだ……その……何て言っていいかわかりません。うまく言葉に出来なくて……。でもいつかぼくの心が……きみともう一度ちゃんと話せる時……。
必ずきみに伝えてみせるから……だからぼくの隣で……今一度バディになってくれますか」

タンドンはその小さな体で頷いてみせてくれた。もう十分すぎる程で、ぼくの胸の奥に溜まっていた温度がごうごうと溢れんばかりだった。
でも零してはいけない。ぼくはさっき見た母の降らせた雨を思い出して、目を瞑った。
瞼の裏に描くのは、真っ蒼に広がる空と吹き抜ける白い雲の下にいるぼくと、セキタンザンだ。天気晴朗の日、ぼくとセキタンザンは一緒にトレーニングをする。
バディはセキタンザンだ。きっとどんよりとした曇天みたいな煙がぷかぷか浮かんでしまう時もあるだろう。それでも、ぼくは描く。
晴天の強い日差しの下、蒸し暑くてすぐバテてしまうような場所で、セキタンザンの熱がさらにぼくの居心地を悪くしてしまうような島の上で、ぼくたちは訓練をしたり、時にはポケモン勝負をするのだ。
そんな毎日が当たり前になる時は、必ずやって来るのだ。その時にはきっといわジムの立派なジムリーダーを務めて、メジャーリーグの中心選手になっている。大丈夫。
ぼくの、ぼくたちの夢は、怒られるようなものでもなければ、哀しいものにもさせやしない。
母の双眸にも再び気持ちのいい輝く蒼穹がやってくる。いや、必ず呼んでみせる。
それはいわタイプの魅力をもっとぼくの言葉で、身体で伝えられるようになった時だ。
それこそが母の夢を捨てて雨を降らせたぼくに出来る、最上級の親孝行だから。

4/9/2023, 5:42:30 PM

※ポケモン剣盾二次創作 マクワとセキタンザン

ずっとやりたい仕事があった。
マクワの本業はジムリーダーであり、観客の前でポケモン勝負を行ったり、ポケモン及びジムトレーナーの教育と育成が中心だった。だがそれ以外のファンクラブのイベントを開いたり、精力的に活動していることは有名だ。
しかし他にも興味は尽きない。出来れば商品を勧めるものや写真の撮影にも携わりたいと思っていた。撮影のノウハウも、ファンからの出資で自分の写真集を3冊出している程度には経験がある。
スポンサーの担当と打ち合わせをするたびに、その辺りの仕事があればぜひ、と常に念を押していた。
その甲斐あってか、とうとうスポンサーからクライアントとして、新しい商品のCM撮影と、宣材用写真撮影の両方の依頼がやってきた。

「なるべくセキタンザンと一緒にお願いします。その方が良い画が撮れると監督の方から」

ポケモンにも、撮影用に訓練されたタレントポケモンがいる。けれど今回の撮影は、バディと一緒で良い、むしろバディとの撮影をしてほしいという話だった。
マクワは台本や香盤表などの資料を受け取り、目を通した。確かに撮影内容は、普段のトレーニングをしているセキタンザンであれば難しくないだろう。
スタジオ内でいつも行っている技を出し、それを撮影するだけだ。カメラや機材、スタッフに囲まれているという違いはあるが、問題はない。しかし折角だ、撮影内容に合わせた見栄えの良い見せ方をさせたい。もっとも、普段から客を沸かせる意識を持って訓練しているバディのことだ、そう難しくはないだろう。マクワは判断し、ジムでの業務終了後、練習を重ねた。
ひとの居ないキルクススタジアムの中で、岩を呼び出させる。スマホロトムに撮影させて、見え方を確認する。今RECを回していた映像をじっと睨むように見つめた。

「撮影用なので、もう少しゆっくり落とせますか。……ああ、今のタイミングはよいです。もう一度行きましょう」

セキタンザンはじっと意識を集中させて岩石をいくつも呼び込むと、空中からばらばらと振り落とす。煙が上がり、乾いた砂の香りが辺りに広がった。

「……その高さだとどうしても小さいものが目立ちますね。サイズをある程度一定に保てますか。練習してみましょう」
「シュ、シュポォー」

再び宙に岩石が浮かび上がる。マクワの指示通り、岩の大きさを揃えるように意識を変えた。そしてスマホロトムの前に転がした。

「もう一度」

それから同じことを何十回も繰り返し、ようやくセキタンザンは解放されるのだった。
どっと身体の奥から疲れが溢れてきて、それを捨て去るように大きくため息を吐き、その場に座り込んだ。

「お疲れ様でした。明日の撮影は滞りなく出来るでしょう。楽しみですね」
「ボオー」

マクワがミックスオレを渡すと、瞬時に空瓶の硝子の底が光を通し、床を照らす。
2人はまだ気が付いていなかったが、既に日付を跨ぎ越し、明日は今日になる頃だった。深夜のキルクスタウンには、しんしんと雪が舞い降りていた。



迎えた本番のことは、セキタンザンの記憶のなかにはなかった。
撮影スタジオは広いものの、たくさんの人がいて、たくさんの機材がセキタンザンを取り囲んだ。クレーンに乗った人間とカメラや、横のカメラ。それに謎の白い板を持ってセキタンザンの前に座り込む人。大きなモニターが自分の方を向いて置かれていた。他にも無数の人が同じ室内にいる。
背景も床も全部緑色に塗られていた。一度技を繰り出すたびに、出した岩を片付けるため動かなければならず、何度も移動するはめになり、その度にもう一度集中を取り戻さなければならない。マクワとやった練習とは全く違っていた。
さらにこれにはマクワもしっかりと見ていて、少しでも出すタイミングがずれたり、形状が違うとこの撮影を取り仕切っている監督よりも先に指示を飛ばすのだった。

「岩が揃っていません。……時間はまだありますか? 撮り直しをお願いしたいです」
「OKです。ではテイク4-5!」

カチンコの音が何度も高らかに響いた。それでも撮影自体はスムーズに進み、予定よりも早めに終了した。マクワだけでなくセキタンザンも花束を受け取り、撮影スタジオから出た。
控室で帰り支度を済ませセキタンザンをボールに戻す。外に出るとスポンサーであり、マクワとの窓口を担当している男が見送りに現れた。

「いやあすごかったですね、マクワさん。厳しいと聞いていたけどここまでとは」
「見苦しく申し訳ありませんでした」
「とんでもない! すごくいいのが撮れたって監督もカメラマンも喜んでました。実は最後のセキタンザンのシーン、最初はなかったけどあまりに上手く撮影してくれるからって、当初と変更してセッティングしたんですよ」
「そうだったのですね。それはよかったです」
「十分セキタンザンもタレントになれるんじゃないですかね。……いっぱい練習したでしょう? お忙しいのに……本当にどうしてそこまでしてくれるんですか? ああ、お聞きしたかったんです、どうして撮影に拘ってらしたのか知りたくて」
「いえ……ただぼくが負けたくないだけです。彼を……いわポケモンを魅せることに関しては一番でありたい。撮影の仕事は……証拠としてずっと残りますから」
(ああ、そうか。マクワさんは元々こおり使いの家系で生まれ育った後継者で……いわは誰よりも、ずっと遠いのか)

開け放しの玄関から凍えるような冷たい風が吹いた。サングラス越しに見える青い氷の瞳には、硬い意思がじっと浮かんでいた。男は軽く手を叩く。そうすることで彼の背中を押し、彼がいわタイプへと抱える『見えざる距離』を狭めてあげられるような気がした。
扉の外では、既にアーマーガアタクシーが待っていた。

「今日は本当にありがとうございました、それではまたよろしくお願いします。次連絡する時には完成品の確認をお願い出来るかと」
「こちらこそありがとうございました。楽しみにしています。また撮影の機会がありましたら、是非」

マクワが後部座席に乗り込むと、男はお辞儀をした。アーマーガアが大きく羽ばたくと、タクシーが高く高く舞い上がった。

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