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4/8/2023, 11:51:53 AM

※ポケモン剣盾二次創作・マクワとセキタンザン


昨日、マクワに別れを告げた。
思い出せるのは、本当に毎日訓練ばかりしていたことだ。酷い時にはトレーニングと試合と、そしてマクワを応援するファンにお礼をするためのイベントでぎっちり予定が埋まっていた。
だからようやくやって来た休みの時には、他の人間には見せられないような恰好をしていて、俺はそんなマクワを布団から引っ張りだしたりもしていた。誤解のないようにしておくが、自分の寝汚さを自覚していたマクワが頼んだことだ。
布団を丸めてそのままシャワー室へ連れて行ったり、それでも眼を覚まさない時は、思い切ってシャワーのお湯を掛けた。すると寝ぼけ眼は大慌てで見開かれるのだ。
俺の身体は石炭とほのおでできている。水が掛かれば負担になることを、俺のバディであるマクワは誰より一番知っていたし、極力普段回避したいと思ってくれていたからだ。
だけどそうやって、トレーナーであり、いつもは俺たちの面倒を見て、手入れをするマクワにお返ししてやるのはとても楽しい時間だった。
マクワもその事は理解してくれていたようで、俺が思い立って櫛やドライヤーを持っても止めたりはせず、そっと身を任せてくれていたのだった。
それも大分昔の話の事だった。思い出が溢れてくる。マクワが忘れてしまうような些細なことも、石炭といういわの身体で出来た俺は、たくさんたくさん覚えている。
出会った日の事は忘れもしない。まだ幼くて、真ん丸な髪型だった頃の彼は、突然俺が隠れ住む小さな洞穴に迷い込んで来た。
俺にはよくわからなかったが、厳しい母親との、自由の少ない今の生活があまり好きでないようだった。けれど俺と居る時はとても楽しそうにしていて、薄暗い洞窟に居る時ですら、灰簾石の色をした丸い目は興味津々に輝いていたのだった。
それは淡く透明で優しい、擦り硝子そっくりの光。だけどいわである俺にはわかる。それは磨かれる前の鉱物そのもので、そして温かい場所にいても溶けてしまうことのない、力強さを持った”同じ”煌めき。彼と離れるのは惜しいとさえ思った。
だってこの輝きを知っているのは、おそらく世界にその時、俺たった一人のはずだからだ。放っておいてしまえば、これをこおりだとして連れていかれてしまう。
出来るだけ一緒に居る事で、いつか眩しく磨かれた”いわ”の煌めきなのだと証明してみせたい。
そんな思いが通じたのか、俺はマクワのモンスターボールに収まって、そうして今の今までずっと共に居る事が出来た。厳しいリーグの世界の中で共に眩い光を叫び、それからとうとう長いリーグ生活から引退をした。足を洗ってもなお、いわのポケモン達のために尽力し続けていた。
そしてきちんと最期を看取って、別れを告げる事が出来たのだった。彼の身体はもうほんの小さな灰になり、俺の掌に納まりすらせず、何処かへと連れていかれてしまった。
寂しさの風がすうっと抜けてゆく。
隙間を埋めるように、記憶が湧き上がる。

「人間は葬式の後、骨だけになって残るのですが……それは何より一番きみに近い姿です。いわも骨も無機物に違いありませんから」

冗談でもあまり聞きたくはなくて、俺は病室で、咎めるような、いじけるような声をあげてしまい、苦笑させてしまった。

「冗談……です。……ぼくはきみに全てをあげました。何処へ行ったとしても、通用する立派な力です。それがぼく自身の魂です。きみは……ぼくの墓標なのです」

俺は多分、目をぱちぱちさせていたに違いない。

「……これからもずっときみと一緒に居続ける、ぼくの魂。誇ってください。きみは自由だ」

そうだろう。これほど俺に向き合い続けた人間なんてそうそういない。本当にずっとずっと一緒に居て、ずっとずっと訓練に試合にと、あちこち引きずり回された。食事管理だ何だのと、厳格に指示されて、もちろん破る事は御法度だ。峻厳なトレーナーは、甘えを許さなかった。
そうして長い間ガラルのリーグのトップクラスに君臨し続けたのだ。

これから先、たとえどんな人間とバディを組んだとしても上手くやれるだろう。
これから先、たとえどんなポケモンが向かってきたとしても、簡単に負けはしないだろう。

マクワの磨き上げたクレバーなちからがいつだってついているのだ。
もしかしたら、彼よりずっと相性のいいトレーナーと一緒になって、もっと好きになれてしまうかもしれない。だがそれでも俺の石炭の中には必ずマクワの灯りが共に居る。
この世界を一生懸命愛し続けたマクワがいるから、そうして何度でも世界を愛することが出来るのだ。いや、まだまだ先は遠い。マクワに負けない程、さらに慈しみを降らせていこう。
蒸気機関車は、汽笛のような鳴き声を上げて走り続ける。そこにはマクワが乗っている。
これからも、ずっと。

4/7/2023, 6:19:26 PM

※ポケモン剣盾二次創作・マクワとセキタンザン

まだ本当に幼かった頃、マクワは遠い地方からやってきたトレーナー・カブにこんな話を聞いたことがあった。
夕方は、逢魔が時と言って何か災禍を齎す危ない時間だと。だからあまり遅くまで家に帰らず、家族を心配させてはいけないよ、と。
立派に独立した今、それは冷たさと温かさの境界線を描く時間に移り変わっていた。



最近、マクワの気に入っているトレーニング場所がある。
広大な私有地でありながら、野生のポケモン達が活き活きと暮らしている温帯の島だった。ヨロイ島と呼ばれるそこは、どこもかしこも手入されているガラルの中でもほとんど人の住まない、ポケモンの楽園だ。
故に他の土地では見られないポケモンがたくさんいて、しかも熾烈な環境で育つためか、とても強い。絶好のトレーニング場所だ。
湿度と温度が高く、もともと寒冷地で生まれ育ったマクワはこの島にいると、ただそれだけでも忍耐の鍛錬になった。さらにセキタンザンの炎の温度が加われば、より負荷の高いものになるのは当然の事だった。
自然も多く、手入れのされていない広い洞窟なんかもあり、セキタンザンは通る度に心地よさそうにしていた。
相棒には秘密だが、敢えてその石窟を訓練場所に選ぶ回数を増やしている。セキタンザンの嬉しそうな顔を見ていると、マクワも同じように気持ちが明るくなった。
しかしこの日は互いの足腰を鍛えるために、長い階段の上り下りを繰り返すトレーニングを選んでいた。段数は数えていないが、一往復で一山を上り下りしてしまう程、急なもの。
これを行うと必ず筋肉痛になってしまうものの、効果は覿面だとわかっている。そもそもセキタンザンは余り機動の力に長けてはいない。試合で思い通りの動きを見せるためにも、苦手な部分をしっかり補うことは大切だった。
固めた砂と木で出来た階段を全て登ると、背の高い黒い塔があった。その先に、水平線の向こうへと隠れていく真っ赤な太陽の顔が見えている。
後ろの空ではいくつか星が瞬き始め、現在がちょうど昼と夜の境目に立っていることは明瞭だった。
湿り気特有の重たい水の匂いが漂っている。空気中の水分が、まるでくっついて溜まるように、額から汗となって流れていくのが分かる。巨躯の青年は荷物からハンカチを取り出して拭った後、次は水筒を見つけて蓋を開け、中身を口に含んだ。
冷たいおいしいみずが喉を通り、全身の筋肉が上げ続ける熱の冷めていく感覚があった。清涼な風が抜けるようで心地いい。
一生懸命酸素を取り込もうとして息を切らす肺のために、大きく息を吸った。

「……はぁ……はぁ、……到着です……ごくろうさまでした」
「シュポォー!」

マクワより遅れて、ちょうど今昇りきったバディが、目標地点への到着に喜びの声をあげた。その息は自分と同じぐらい荒く、普段よりもさらに高い熱気を帯びている。セキタンザンへと水筒を差し出せば、あっという間に軽くなって戻って来た。
少しだけ周囲の温度も下がったように感じた。

「どこかの地方では、これくらいの頃を逢魔が時というそうです。昼が夜に変わっていくこの時間は『悪いもの』が闊歩する時間なのだとか」

塔の向こうを見遣れば、半分ほどまだ顔を覗かせる巨大な太陽が、海の表面をごうごうと真っ赤に燃やしていた。めらめらと燃える光を受けて、マクワの眼が重たい紫苑の色に染まっている。

「ひんやりとした夜が……もうすぐやってきますね」
「シュボオ」

セキタンザンの頭の中に、夜になると母の事を思い出す、とマクワがパシオのトレーナーの前で話していた記憶がよみがえった。

「夕日が沈みますので、今日の訓練はここまで。これからはぼくたちの……いえきみの時間です」

マクワは水筒を鞄に戻しながら、塔の横にあるなだらかな下り坂を指さした。

「この道を下っていくと、ぼくたちが今まで行ったことのない、とても広い洞窟に繋がっているそうです。せっかくなので覗いてから帰りませんか」
「ボオ?」

自分の相方は少しでも危険の伴うリスクの多い行動は選びたがらない事を、良く知っていた。人間にとって視野が狭くなる夜の洞窟に行けるなんて思わなかったのだ。
セキタンザンは尋ねるような鳴き方をした。

「きみの炎のお陰で薄暗い洞窟も……ほとんど照明のない島の中でも迷わず行くことが出来ます。『逢魔』さえ退けるでしょう。……今からきみが太陽になるのです」

今まで孤島を照らしていた紅い日光は、頭のように見えていた尾びれの先っぽまで、水平線の中にもうすっぽりと隠されてしまった。町では見えない程、たくさんの星々が煌めき始めていた。
その地平に登った紅い光。地上を照らして路を作る、逞しくて美しい輝き。

「きみはいつだって……その……ぼくの太陽……です。きみのその光をさらに輝かせて……たくさんのひとに届けてみせますから」
「シュ ポォー!」

セキタンザンは一鳴きすると、水平線に背を向けて下り坂へと足を進めた。
沈む夕日のその先。留まり始めた暗がりは避けていき、2人の進む未来が紡がれている。

4/6/2023, 5:04:27 PM

そこには必ずぼくがいる。
控室で今日の反省会に没頭し過ぎて、つい試合後のインタビューのアポイントを忘れてしまった時。あるいは負けが続き、SNSでも下らない罵倒がぼくの名前に並び始めた頃。

そもそも今のぼくの立ち位置は危ういものだ。現在もリーグの一流選手である母が用意した跡継ぎの氷の椅子を蹴り飛ばし、自分の道を選んだことを良く思っていない人も少なくはないことを知っている。
親子喧嘩にわざわざ街を巻き込んでしまったぼくの(そして少なからず同じ戦いを強いた母の)責任に違いない。

『意地になっていわタイプの道に進まずにこおりタイプを選んでおけばよかったのだ』
『今のマクワの事は見たくなかった』

聴衆は好き放題インターネットの海で自分の気持ちを一時的に慰める。そこに本人が繋がっていて、いつでも覗くことが出来るというのは、思考の隅にも置かれていないのだろう。
とはいえ普段であれば、気にも留めないものだ。大衆が見下ろすガラルの中心に立つ以上、そういった感情のやり過ごし方はきちんと身に着けているはずだった。
結果が芳しくない今、どうしてもそれらが心の中で凍てつき貼り付いてしまっていた。小さな霜のようなそれは、じわじわと範囲を広げてぼくの精神を凍り付かせてゆく。

ああそうだ。確かに無謀だったのかもしれない。母の行動は正しかっただろう。
この結果主義かつ弱肉強食のガラルリーグの中、最初から丁寧に用意された環境と長く鍛錬した技術がぼくを必ず勝利という幸福に持ってくのだと。
将来ぼくを苦しめない為のものだったのだと。

目を瞑ればいつだって思い出せた。何もかもを真っ白に染めあげるこおりの難しさとその力強さ。
ぼくはこおりの中で生まれて、こおりの中で生きることこそが定められた美しい道なのだ。
観客も母も喜ぶのであれば、何も迷う必要はなかった。たとえそれが親が引いた、自己を殺す道だとしても。
大きく息を吐くと、かき消すように現れたのは、真っ黒に磨かれた黒曜石そっくりの、愛嬌たっぷりの優しい眼だった。
背中の石炭の山の中で燃える炎は静かに揺れながら、ぼくの頬を照らして温めているのが伝わった。古い木のような、埃っぽい特有の香りが鼻を擽る。
ぼくよりも3倍も大きな真っ黒な石炭の身体を持つ、ぼくのバディがモンスターボールの束縛を抜け出してその姿を現したのだった。
セキタンザンは小さく鳴くと、じっとぼくを見つめていた。

出会った頃は真っ赤に燃えていた、優しくも逞しいその黒曜石そっくりの瞳が大好きだ。ぼくの鋭利なサングラスは彼の影響を受けて身に着けたものと言っても過言ではない。少しでも彼の姿に近づきたい心の顕れ。
今でもあの時の赤は、相手と戦う時に見せてくれる。猛々しく相手と戦う強い力を持つもの。
だけど笑い方も、ぼくと接する時も優しくて、大昔寒波の時、たくさんの命を温めて救ったという彼らの逸話は本当なのだと教えてくれた。
いわで出来た身体は無骨であまり多くを語らないが、それでもじっと耳をすませばとても雄弁だということをぼくは知っている。
だから彼らの言葉のない言葉が、もっとたくさんの人に伝わるようにしたいというのが、彼らに憧れるぼくの夢であり、そしてこおりを蹴り飛ばしていわの道を選んだぼくの使命だと考えている。

「シュ ポォー!」

セキタンザンはにっこり笑った。もうそれだけで十分だった。指先が温かくなって、血が通っていくのが分かる。気持ちが溢れてくる。
それは全て、きみの瞳の中に映してくれるぼく自身が戻って来たからだ。
セキタンザンはいつだってぼくを見つめてくれていて、そうしてぼくのありたいぼくを返してくれるのだ。ぼくが選んだぼくは、きみの瞳の中にある。
ぼくはそうっとお礼を告げると、その大きな顔を撫でた。背の炎を受けて、ぼくの双眸がちらちらと輝いているのが分かる。そこには必ずぼくがいる。