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2/29/2024, 3:11:08 PM

※ポケモン剣盾二次創作
※マクワとセキタンザン

たんたん、たんたん、一定のテンポで揺れる車体。天井からぶら下がるいくつかの手すりと、4人がけのテーブル席の形になって並ぶ席には、ほとんど人はおらずまばらに座っていた。
開放感あふれる大きな窓枠を流れていく早朝の景色は明るい緑の山並みばかりで、キルクスからは遠い場所へ来たのだと思い知る。
車体の連結扉の上の表示板には、よく聞く標語の文字が液晶画面の中を動いている。
視線を戻し、前を向くと2人がけのソファに座りながら、楽しげに窓を覗くセキタンザンの姿がある。黒曜石の瞳が光を受けてキラキラと輝く姿を見て、マクワは胸の中の温かいものと共に柔らかな息をついた。
2人の間を挟むように、中央にはテーブルがあって、食事や作業ができる。まだ新しく、ほんのりとゴムのような香りのする柔らかいクッションに座り、タブレットをそこに置いて、今日これからの予定を確認していた。
がらがらがら、後ろの方から小さなタイヤが転がる音が近づいてきて、女性の声がかかる。
どうやら車内販売をおこなっているらしい。金属製のカートには、よくスーパーなどで見るお菓子や初めて見るもの、お酒を含めた様々な飲み物やお土産などが目一杯詰め込まれていて、見ているだけでも一つのエンターテイメントのようにマクワの瞳を楽しませた。
セキタンザンも同じく感じたのか、興味深そうにお菓子の袋を見つめている。

「あの、それと……これもください。……他に欲しいものはありますか」
「シュポー!」
「ではこちらのアイスも」
「ありがとうございます!」

マクワは商品の小袋をそのまま手渡しで受け取り、スマホロトムを呼び出すと、電子会計を済ませる。再びがらがらと、小さな地響きを鳴らしてカートを押しながら女性スタッフが去っていく。
机の上に並ぶのは色とりどりの袋たち。タンドンより硬いと書かれた小さなスコーンに、イシヘンジンを模されたクッキー、そして大きなバニラアイスはなんとスプーン付きだった。
微細な氷の粒の中にたっぷり包まれながら、白い煙を立ち上らせるアイスのカップを前にして、セキタンザンの瞳が炎を帯びて煌めく。

「そんなに……アイスが食べたかったのですか?」
「シュポー!!」
「……そういえば、車内販売のアイスは非常に硬いと有名でしたね。……どこで聞いたのですか」
「ボオ!」
「……ぼくの母?」

石炭の黒い顎が頷いた。炎を体内に飼うセキタンザンの体温は高い。極力低く抑えていたとしても、温度に弱い菓子類は、彼が口にする前に全て溶けてしまい、なかなかそれそのものを楽しむことができないのはマクワもよくよく知るところだった。
彼はマクワの疑問に対して、元気よく返事をしたが、その詳細まではバディにも理解はできない。だがなんとなく想像できるのは、やはりこおりのエキスパートであり、そして縁の深い母親以外には考えられなかった。
セキタンザンは片手でカップを抑え、その蓋を反対の手で掴む。少し捻るだけであっという間に開いてしまった。そしてビニールの内蓋までも大きな指先でひらけば、光を受けてチカチカと輝く白いバニラアイスが姿を現した。

「シュポー!」
「いい感じ……ですね」

湯気の量は増えているが、まだ硬いままのように見える。セキタンザンは楽しそうにスプーンをもち、その上から突き刺した。
凍ったバニラアイスを滑らかに掬い上げるスプーンの先と、花びらのようにふんわりと持ち上がるアイス、そしてそれを口に運ぶセキタンザンの笑顔。
どうやら冷たく凍ったままのそれを味わうことができたらしい。
マクワは釣られるようにしてにっこりと笑った。

「美味しいですか」
「シュ ポー!」
「それはよかった。……車内販売はいろんなものが売っているのですね」
「シュウー」

セキタンザンはさらにもう一度スプーンでアイスを掬い、今度はマクワに向けて差し出した。

「ボボ!」
「い、いえ、ぼくはよいですよ。他のお菓子もありますし」
「シュポー」
「わ、わかりました」

黒曜の目が睨むように細められて、マクワは思わず周囲を見渡した後、テーブルの上に身を乗り出して、それを口で受け取った。
優しく柔和で芳醇なバニラの香りが冷たさと共に舌の上にのり、それから時間をかけてゆっくりと、解けるように消えていく。しろいこおりが、身体の中で形をなくしていく。
きっとこの溶けていくスピードも全然違う。そもそも必要な味覚だって、感覚だって何もかもが違うのだ。彼と同じ感覚を共有できているわけではない。それでも。

「……美味しい」
「シュポー!」

共に分け合う感想は同じものだったらしく、セキタンザンは大いに頷いた。
そしてパクパクとアイスを口にしながら、窓の外を見る。
この光景の見え方も、本当は全て違うのだろう。
マクワは彼の見ている世界の見え方を、一生知ることはできない。だが、彼の良い感情を窺い知ることくらいはできる。想像することができる。

「いつもアーマーガアタクシーを使ってしまいますが……たまには電車移動も良いものですね」
「ゴゴゴー」
「今日はジムチャレンジの開会式ですからね。気を緩めてはいけません。……でも」

がたんがたんと一定のテンポで電車は揺れる。今こうして2人は列車に乗って移動をしている。
しかし、マクワは自分が最初から乗っているものを理解していた。
汽笛のように高らかと上がる鳴き声、黒くて勇ましい蒸気機関の持ち主。
彼と向かうのは開会式のもっと先にある、ガラル一番の栄光。耀きチャンピオンとしての座。
そこにはマクワひとりで座る場所ではないことを、誰よりも知っている。

「きみのモチベーションになるのであれば、たいしたことではありません」
「ボオ?」
「……その、これからもよろしく、ということです」
「シュポー!」
「ちょ、ぼくは自分で食べれますから……! 無理にアイスをこちらに出さずとも……、んま……」

石炭の汽車が進むテンポは決して常に同じではない。時に緩んだり、止まったり、唐突に猛スピードで走ることもある。
その速さに合わせながら、たまには背中を押したりしながら、いつか届く未来の終着点まで進んでいくのだ。空っぽになったアイスのカップは、彼らの約束を覚えている。



12/18/2023, 4:48:23 PM

※ポケモン剣盾二次創作 マクワとセキタンザン

ひゅん、と風を切って細長い氷が星の瞬く夜空を飛んだ。
セキタンザンは、自分に向かって飛翔してきたそれを見て、重心をずらして上手に避けると、また次の氷が飛んできて、今度は身体を傾けて回避する。雪かきして顔を出したはずの道上に再びうっすらと雪が積もっていて、足場は悪かった。
ぱふ、と音がして、氷はどちらも後ろに積もる雪の中に埋もれてしまったようだ。目線を後ろにやっても暗くてよく見えなかった。
ここは雪と石の街キルクスタウンの外れに近い公園だった。1日の仕事を終えたマクワは、スタジアムの鍵を閉め、雪の積もった冷たく寒い道を歩く。辺りは随分と慣れ親しんでしまった、水っぽくて湿った埃の香りでいっぱいだった。
少し歩いた矢先、ちょうど公園の広間に付いた時のことだった。

「流石氷は避けなれてますね。……今日はずっと書類仕事で身体が鈍っています。ぼくと雪合戦しましょう」
「シュ ポォー!」

セキタンザンが頷くのを聞いたマクワはすぐ道横の雪山の表面から雪を集め、ぎゅっと片手で握りしめると小さな雪玉を作る。それを数回繰り返し、ひとつ投げるとすぐにふたつ、みっつと上から高さを変えてセキタンザンに投げつけた。
強い力に乗った白い球は、セキタンザンの頭上や顔、腕に向かって降りることなく真っすぐ飛んで行く。
だが握りこぶしにも満たないサイズの玉は、セキタンザンに届く前に、その熱を浴びせられ、じゅうと音を立てながら湯気となり、姿を消してしまった。

「あっ……! ……そうですね。きみは……そうでないと……おっと!」

大きく、しかもいわの腕で圧縮された雪玉がマクワの腰を目掛けて飛んできた。マクワはいつものように足の筋肉を動かし、跳躍してアクロバットを試みかけたが、溶けかけた雪の水っぽい足場は着地が難しい。さらにもうすぐに凍ってしまうだろうから、そうなれば危険は増すだろう。
身体の向きを変えて完全に横向きにすると、雪玉は大きな腹の前を通り過ぎて行った。
マクワが何も言わずに赤く染まった頬を持ち上げ歯を見せて笑うと、口端から白い息が立ち上っていった。

「ボオ!」
「やりますね。ではこれならっ!」

植木からごっそりと雪をかき集め、思い切り力を込めて雪玉を作る。そして今度は背中の炎からずっと遠く、そしてセキタンザンにとっては避け辛いであろう足元に狙いを定めた。
変則的に動く白球が、弧を描き、予想のつかない動きを見せた。

「ゴオッ」
「あっ」

セキタンザンはなんと自分の足の前で一瞬炎を吐き出すと、身体に触れる前に雪を溶かしてしまう。そして先ほどよりも巨大な雪玉を両手に抱え、まるで砲台のように大きく、高く空に向かって投げられた。高く大きく伸びた軌道は天辺に到着すると、一気に角度を変えてマクワの上に降り注ぐ。わかりやすいとはいえポケモンの力で飛ばされた雪玉だ。
それはあっという間にマクワの頭上までやってくる。
しかしマクワは動くことなく投げる動作をした。小さな何かが空を飛び、ふたつの雪玉に当たったかと思うと、雪玉がぱっくりと真ん中で割れおちた。

「……こおりにはいわですよ。まあこれは雪ですが」
「シュボッ!」
「きみが自由なのですから、ぼくにも道具くらいは使わせて頂かないと!」

マクワのふもとに落ちてきたのは、ふたつの細長い小石だった。植木に落ちていたものを拝借したのだが、おそらくもともとは道の舗装材料だったものが、長く使われることで劣化し破片となったものだ。

「シュポォー!」

さらにセキタンザンは雪玉を投げる。時々不器用なのか、力を入れ過ぎて壊してしまうこともあるが、それでも驚異的なスピードと力で作り、投げ続ける。
先ほどよりはサイズを小さくし、さらに直球でマクワのマフラーを巻いた首元を狙った。

「読みやすいですよ!」

マクワはすぐさましゃがみ込んで頭上を過ぎる雪玉を避け、今の今まで作り続けていた間合いを一気に詰めた。それから近い小型の雪山の上っ面だけをさっと手袋をはめた掌にのせ、セキタンザンの顔に吹っ掛ける。
セキタンザンは突然の目隠しに片目を瞑るが、しかしほとんどが目に届く前に水となって消えてゆく。

「こっちです!」

人の手は不意を突くように、隠していた反対の手の雪の塊をセキタンザンの胸に向け、直接振り下ろす。
だがしかしセキタンザンも同様に新しく作った雪玉をマクワのコートの胸当たりにぶつけた。

「シュボオー!」
「……っ!」

ばさり、雪が崩れる音がして、衝撃を受けた胸からぱらぱら雪が零れ落ちていく。
ふたりの荒くなった息だけが白い公園に響いていた。夜空はたくさんの星が溢れて、まるで勝負を見守る観客のように見下ろしていた。
コートの繊維の上に、セキタンザンの黒い石炭の凹凸の上に、お互い少しだけ雪を残しながら、大部分は身体にぶつかり粉々になって消えていった。

「フフ、確かにこんなに良い勝負になるとは思いませんでした。……しかし息抜きというよりは……トレーニングの延長だったような」

マクワは笑うと、まず両手の雪を払い落とし、さらに今自分が乗せてしまったセキタンザンの身体の雪を払いのけた。それからぽんぽんと自分のコートの雪を払う。

「ボオ」
「ぼくらしい……? ……そうかもしれませんね。ではせめて……部屋に帰ってのんびりするとしましょうか」
「シュポォー」

運動したことでふたりとも少しだけ息が速まって、白い息が口からたくさん漏れていった。
普段白いマクワの頬は一段と赤らんでいた。

「フフ、よく運動したから……はぁ……きみがいると熱いくらいです。でもすぐに冷えてしまいますから……家までよろしくお願いしますね」
「シュ ポォー!」

セキタンザンの背中の紅い炎が揺らめいた。違う生き物がちょうどよく一緒にいられる温度を探るために。
白い雪は紅い輝きと寄り添う影を受けて、静謐に祝福し続けるのだった。

12/11/2023, 12:43:23 PM

※ポケモン剣盾二次創作 マクワとセキタンザン

突然、目の前が真っ暗になった。
アスファルトを煮詰めたような毒々しい臭いが肺一杯に広がり、頭から上半身までぬるぬるしたものが重たく滴り落ちていく感触があった。
慌てて口を開けたせいか、凝縮された苦々しさが口の中に入ってきて、マクワは反射的に咳き込む。

「ゲェッ……ゲホッゲホッ……!! うええッ…!」
「ボオッ~」
「だ、だいじょうぶです……おえッ……ゴホッ」

べったりとタールを受けたサングラスを外し、サコッシュから付近を取り出し拭き取る。それから顔の黒い油も拭い捨てる。
呼吸器官の周りがすっきりして、少しだけ息がしやすくなった。しかし強いコールタールの臭いはまだ上半身に纏わりついていた。
ここはキルクス郊外の山のふもと、なだらかな砂地にぽつぽつと木が生えた天然の広場だった。人に知られていないこの場所は訓練をするには持ってこいで、今日も朝から屋外のトレーニングに利用していた。
早めにノルマが終了し、トレーニング専用のジャージ姿のマクワは労りついでにセキタンザンの背中の山の手入れをした。
組み替えられて酸素の通りがよくなり、急に火力が増したセキタンザンは、自分の身体に溜まっていた古いタールを溜めきれず、まだ真剣に背中の山へと向き合い、前に立つバディに対して思い切り吐き出してしまった。
マクワは衣服を脱ぐと付着したタールを淡々と拭った。

「……今日は量が多かったですね。タールショット自体は昨日使ったばかりですが……ふむ」
「シュボオ」
「気にしないでください。組み方を間違えて……避けきれなかったぼくが悪いので。十分に慣れているので問題はありません」

スマホロトムを呼び出すと、インカメラにして全身の汚れの位置を確認した。再びロトムを戻し、マクワは言う。

「それよりもタールの量でも身体の状態がわかりますし、せっかくですからきみの身体の話をしましょう。タールは乾留液と言って有機物質の熱分解によって生まれる、粘り気のある黒い油のことです。……これですね。油なので当然水には強く、しかし一定以上の高温には弱いです。」

分厚いグローブをした指先に、今身体から取りはがした液体が引っ付いている。それを反対の手で持った布巾でごしごしと拭った。

「その性質を利用し、相手に対して誰であってもほのおによるダメージを上げることが出来るのですね。ではそのタールはどうやってできるのか。
石炭を高温で蒸し焼きにするとコークスと言って乾燥した固体が出来、同時にコールタールやそのほかの物質に分かれます。
コークスは燃焼時の発熱量が元の原料の石炭より高くなり、高温を得ることができる……人間がより燃料として効率を求めた結果発見され、名づけられたものなのですが……きみの身体はこのコークスの生成を天然で行うことが出来ます。キョダイマックス時に火力が上がるのはこれを利用しているためですね。コールタールさえ自分の発熱に利用します。
申し訳ないですがぼくはこの量について、ある程度はきちんとタールが溜まり続けるように、そして火力を維持し続けられるよう、試合に向けて管理させてもらっています。もちろんきみにとって無理のない範囲です」

セキタンザンはぱちぱちとまばたきをした。マクワが饒舌になるのは珍しく、そして自分やポケモンに関することだけだった。

「きみは意識していなくても高温でほのおを燃やすと体内にコールタールが発生します。
今日はそれほど火力を使うようなトレーニングを行っていませんし、おそらく昨日の試合できみの体温が急激に上がった結果で、ぼくの想定を上回ったのです。確かにキョダイマックス後もほのお技を使っていましたからね。
粘り気や色からして質も悪くない。
ということで……ぼくから見てきみは健康体です。もちろん専門機関で見てもらったわけではありませんが、ひとまずよかったと言えますね」
「シュポー……」

あちこち黒い油で汚しながら言い切るバディに、セキタンザンは少しだけ不服だと鳴いて見せた。

「……ああいや、もちろんちゃんと後ほど洗剤で洗い流しますよ! でも大分取れているでしょう? きみとトレーニングの時には万が一の予防として特殊なワックスを肌に塗るようにしています。このジャージも特別製ですよ」

確かに、顔の大部分は拭って綺麗に見える。そういえば昔一度、思い切りコールタールを掛けてしまったこともあった。その時は本当に全身真っ黒になってしまって、全く取れない汚れに、マクワが、そしてその原因である自分もひどく焦っていたことを覚えている。

「コールタールは発がん性物質があるともいわれていて、人体には良いものではないことがわかっています。しかし大昔には薬用に使っていた時代もありました。
ぼくたちの部屋まではここから近いです。おそらく他の人にも見られずに済みますから……こんな体験、部屋ではそうそうできませんし、少しぐらいじっくり見ても……ごほ、ゲフッ」
「ボオ」

日差しが強い。揮発するタールの香りが二人の間に充満し、再びマクワが噎せ返った。
上着を脱ぎ、半袖のシャツになったマクワの腕には、よく見ると凹凸があって、日の光に照らされていた。
あれはずっとポケモンと一緒に暮らしてきた証拠。セキタンザンも覚えている。何度も火傷を負わせてしまったり、時にぶつけて擦り傷や痣を作ってしまったこともあった。

「……そもそもこれくらいでないと……きみといる意味なんてないでしょう?」
「ゴゴゴ」

そうなのだ。セキタンザンは思い返す。最初の頃、まだそれほど互いの理解が進んでいなかったから、マクワがくれるものがずっとずっと退屈だったり、何かわからないことがたくさんあった。
セキタンザンにとって一番良い温度が、マクワにとっても良い温度であるわけがなかった。
それでも一緒にいることで、その身体を、道具を使って少しずつ対話を進めてきた積み重ねの中でいま、ようやくここに辿り着いているのだ。

「これからも……一緒にいますから。必ずチャンピオンの椅子に……きみを座らせてあげますからね」
「シュォ」
「……うん。だからどうか……隣に居て……きみの目で……確かめてくださ……」

マクワは空気の揺らぎを見た。急に周囲の温度が上がり、セキタンザンの背中の炎がめらめらと燃え盛っていた。ひのこが上空で弾けてぱちぱち音がした。

「熱……セキタンザン、一体……。あ、ぼくがさっきコールタールは熱に弱いと言ったから!?」
「ゴオオ!」
「いや、待って引火する可能性が……あれ」

じゅ、と音がしてマクワの周辺だけ一瞬強くなったかと思うと、再び温度は元に戻った。見ればグローブや衣服からうっすらと蒸気があがっているものの、汚れが目に見える範囲できれいさっぱり消えている。
スマホロトムを呼び出して顔を見ても、黒かった部分が元に戻っていた。
セキタンザンは疲れたように肩を落としながら息を吐いていた。

「……シュー、シュポォ」
「きみ、どういう温度調整をしたのですか!? いや……すごい……ありがとうございます」
「シュ ポォー!」

黒曜の目がにっこりと笑う。それは明るく優しい、いつものセキタンザンの笑顔だ。しかしマクワには伝わる。
長く生きる命のさみしさだ。共に過ごすために急いでしまうマクワとは反対の気持ち。

「……そうですね。せっかくいわタイプの専任になれたのですから……」

マクワは綺麗になったサングラスを再びつけなおす。それから口角を上げて笑った。

「きみにとってもよいトレーニングになりましたか。……それでは帰りましょう」
「シュ ポォー」

汽笛を上げるように返事をする。まだ彼を乗せた旅路は途中で、見るものすべてが新鮮で愉快なものばかりだった。
これからもこの旅は続いていく。ひとよりもずっと長く生きるセキタンザンはどうか一日でも長く続いてほしいと願う。
身体を張って戦うのは、擦り傷を作っても血液を流すこともない、頑丈な身体を持つ自分だけでいい。そのためにマクワと一緒にいるのだから。
平気なフリをしながらいようとするきみに、どうか安寧が寄り添い続けてくれるように。
いつか終着駅に届くまで。

11/4/2023, 10:28:15 AM

※ポケモン剣盾二次創作・マクワ(とセキタンザン)

朝ははがねのように重たくて、こおりのように冷たい。
マクワは温かさがたっぷりと後を引く分厚い布団からなんとか這い出して、つい枕元の棚の上のモンスターボールに手が伸びかけたが、引っ込める。彼がいれば足も軽くなるだろうが、誰より身体が資本だ。まだ極力休めていて貰いたい。ぐうと気持ちを押し込めて、ベッドの横に揃えたスリッパを履き、洗面台へと移動した。
空気は冷え切っていて、室内でも頰にしみた。大きな鏡の中には、眠くて皺くちゃの顔をしたひとがいる。
真っ白でなその男はこおりを背負い、俯くようにじっとこちらを見つめていた。
丁寧に磨かれた鏡面ガラス越しに、重たい虚無が手を伸ばして首を絞めようとしていた。
鏡の横に備えられた棚にはたくさんの整髪剤や化粧品が並んでいる。そこに引っ掛けたヘアアイロンのコンセントを入れ、スイッチをONにする。
マクワは水道のレバーを動かし、陶器製の洗面台に水を開ける。歯を磨いてから、水道口からまっすぐ降りる水を両手で掬う。低過ぎる温度が手のひらいっぱいに乗り、さっと顔にぶつけた。
堅いような鈍い痛みが広がって、眠気が飛沫とともに飛んでいくようだった。
白い男のぱっちりとした丸いフロストブルーの瞳と視線が合う。ここからだ。この儀式が何より必要だった。ひとつずつ、マクワはマクワを倒してゆく。殺してゆく。

まず手始めに、顔の上にジェルを塗り、伸びる毛を髭剃りと共に短く整えて、化粧水を掌に零し、顔全体に広げた。
自信に満ちた顔色は、ぼやけた白い男を刈り取った。鏡越しのスタジアムの上、マクワはマクワのきゅうしょにねらってあてた。
もし自分が母親の跡継ぎとしてこおりタイプの専任ジムリーダーになっていたら、きっとここまで時間を込めて身支度をしようとは思わなかっただろう。
全てはいわポケモンとともにいるため。彼らの無骨なイメージを覆し、より魅力的で目を引く存在でありたい。相応しい自分でありたい。
憧れだけで一緒にいられるとは、最初から思ってはいなかった。
自分でないはずの自分を選ぶことは、怖くもあったが、だからこそ得られる充実も確かにある。何より一介のポケモントレーナーでしかない自分自身の『姿』を求めて写真集を買いたいと、わざわざ自主的にお金を集めてくれたひとたちがいる。
自分がいわタイプのポケモントレーナーとして在り続けるためには、彼らの応援は絶対に必要なことでもあった。ファンの期待も信頼も裏切らない。それが在りたいマクワ自身だった。
乳液と日焼け止め入りの下地を塗って、いわの土台を完成させた。

ヘアアイロンの周囲の空気が揺れ始めていた。手のひらを近づけ、十分に温まったことを確認し、内向きにまとまる髪の毛をすべて外側に向くように、しかし等間隔になるように、巻き付けるようにしてひとつずつ丁寧に癖をつけなおしていく。
寒さの残る朝には長く近づけて置きたくなるが、昔何度も髪の毛から甘く焦げる香りを出してしまったことを思い出して、間隔に気をつける。
下の方にボリュームを持たせることで、山成になる。いわの住まう山そのものも、刺々しさもいわの持つ魅力であり、デカくて強い証左だ。
内側に向く心が温まり、またひとつ白い男の虚無を倒した。

棚から小瓶に入れられたワックスを取り出し、指先ですくって掌に収めたあと、擦りこむように伸ばすと体温が伝わり柔らかくなった。
これが一番の魔法の原動力。ほとんど無臭だが、少しだけ木のような、海のような香りだけが残っている。
少し頭を傾けて髪を集めると、両手で拾い上げる。柔らかい癖のついた白と金のツートンカラーの髪。
ホワイトプラチナの髪は、ユキハミやダルマッカと一緒にいるとよく見分けがつかなくなる、と同じ髪質を持った母親に笑われたことがある。
つまりお前はこおりだろう。本質を隠した所で変わることはない。
母の力を受けた白い誰かの声が聞こえた。氷の色をした瞳が見つめている。
違う。隠すわけではないのだ。マクワは自分の髪を見る。
この色を持つ自分だからこそ、いわに出来ることがきっとある。
自分では一度も同じ白だと思ったことはなかった。確かにとても近い色をしている。ゆきやこおりの色よりも、金の色に馴染む白さだった。
全体にワックスを馴染ませて、前髪から全体をかき上げる。さっき作った髪の棘をしっかりと固めながら、たっぷりの大きな髪束を作って後ろに、左に持っていく。

これがマクワだ。大きくてふとましくて伸びやかで自由で、人気も実力も高い男。
鏡の中にあるのは、見る人が竦むほどに自信に満ちた笑顔。もうぼやけたこおりの男はここにはいなかった。これで今日もまた、一日自分であり続けることが出来るだろう。
母から受け継いだものを精一杯利用して、あるいは自分のものとして、今日もガラルというステージの上に立つのだ。
しかし、完成にはまだ距離があった。このままでは絶対的に足りないものがある。
マクワは着替えを済ませ、寝室に戻ると棚の上のモンスターボールをひとつ投げた。
いわに包まれた炎が揺れて輝き、軽やかに温かさが広がった。

「朝です、食事にしましょう」



10/26/2023, 4:41:18 PM

※ポケモン剣盾二次創作 マクワとセキタンザン(タンドン)
※幼少期妄想

「もどれユキハミ!」

モンスターボールから光が伸び、今しがた戦いに出てくれたポケモンがボールの中へと吸い込まれていく。母親との毎日の厳格な訓練の成果はしっかりと発揮されていて、野生のポケモンとひとりで戦うのも慣れ、ずいぶんと気持ちは楽になった。ユキハミも余力を十分残したまま、襲ってきた相手を追いやることが出来た。
山肌の白い急な斜面は太陽の光を反射し、ちかちかと輝いて目が痛いくらいだった。きちんとゴーグルを持ってくるべきだったな、と後悔しながら、少年は自分の吐く息が木々の中へと白く登っていくところを見上げていた。通いなれた洞窟の横穴はもう目前で、この坂を下った先にある。積もった新雪をゆっくりと踏みしめて、枝をかき分けながら進んでいけば、自分の頭すれすれの高さの入口に辿り着いた。暗がりの方からほんのりと生暖かい風が吹き、マクワの赤くなった頬を温める。外の雪の香りとはまた違う、湿った砂といわの香りがほのかに届き、静かに息を吐いた。
天然の洞窟の天井はむき出しの岩でごつごつしている。少しだけ頭を下げ、ぶつけないように気を付けながら少し進めば、すぐに背よりも高いドーム状の小部屋に辿り着く。
そしてその岩窟の隅っこで、石壁に向かい頭を下げている小さな石炭のいきものがいた。

「タンドン?」

ちょっと驚いたようにタンドンは振り向くと、すぐに笑顔を見せた。足元には前一緒に集めた石ころとともに、小さな枯れ枝や枯れ葉がたくさん落ちていた。拾い集めた食料を整理しているところだったらしい。
マクワはしゃがみ込み、並べて置かれた小枝のひとつを持ち上げた。

「……この時期はおいしそうな葉っぱがありませんね……」
「ゴゴ」
「……食べなくても平気だとしても……ああ、そうだ」

背負ったリュックを下ろし、中から小袋を取り出した。ジップロックの中には小粒に分けられた固形のポケモンフーズがぎっしりと詰まっている。
加工したポケモン用フーズの香ばしい匂いがひとの鼻孔を擽った。なんとなくおいしそうな気がしてくる。幼い頃、うっかり食べてしまった時はあまりのまずさに大泣きしたのだと母親に教えられたことを思い出した。

「これをどうぞ。これも味はよくないかもしれませんが……」
「ゴオ」
「……ごめんね、ほんとうはいわポケモン用のものがあればよかったのだけど」

袋の中身を掌に開け、タンドンに差し出した。タンドンは興味深げにじっと見つめた後、今度はマクワの目を見る。

「……食べてみます?」

少しだけ頭を傾げて、タンドンは車輪を回して動き、マクワの手にぴたりとくっつく。

「そうか、タンドンのくち……どこだろ。ユキハミもわかりづらかったのですが」

湿った岩床に膝をつき、タンドンの下側を覗き込もうとした瞬間、掌をまるで舐めるとするかのように車輪がぐる、ぐるりと動き出す。

「ええと、引っ掛けてるんだっけ……」

マクワも小さな手を傾けて車輪の動きに合わせ、彼が体内にポケモンフーズを食べられるよう乗せてやる。するすると小粒のご飯は吸い込まれていった。
ごり、ごりとすり潰す音を立てた後、タンドンはマクワを見上げて笑った。

「フフ、おいしい? それなら……安心しました」

マクワは小袋をカバンにしまい、代わりにピクニックシートを取り出し、その場に広げて座った。ポリエステルの厚みのあるシートごしに、ひんやりとした冷たさが尻に伝わってくる。
そしてタンドンの頭を軽く撫で、ポケットからちいさな赤と白のボールを取り出した。

「……きみを……きみを家に迎えても……だいじょうぶ、ですね」
「ゴ?」
「……ぼく……ぼくは……」

湿っているはずの洞窟で、喉の奥が渇く。口の中に唾が溜まる。手が震えて、ボールがカタカタと音を立てる。いつもならここでのんびりと呼吸をしにくるものだ。
けれど今日は違う。普段の日常を乗り越えるためにここまでやってきた。マクワは目を瞑って一呼吸置くと、タンドンの紅い瞳を覗いた。

「きみと……友達以上に……なりたい」

掌に乗った小さなボールはタンドンの紅い輝きを受けて鈍く光る。

「……でもね。ぼく……なんか変なんだ。きみがいると……なんだかぞわぞわして、どきどきして……すごく……おかしな気持ちになる。これが……これが、くるしい……怖いって……いうのかな。
きみがいなければ……ぼくはたぶん、なにも感じることなんてなくて……お母さんの……」
「ゴオ……?」

マクワは思い出す。トレーナーになる訓練の一環として、ジムチャレンジ前であるというのに、既にユキハミを連れている。けれどもつい先日師匠である母は、さらに自分のラプラスを譲るつもりだと言い出した。
わかっている。自分がこれまでずっと訓練し続けてきたのも、厳しく教わってきたのもすべて母の後を継ぐためだ。それがごく当然だと思ってきた。
母の切り札であるラプラスを自分のポケモンとして迎えられれば、戦力として何より申し分ない。
きっとこのガラルリーグの世界での自分の立場は絶対のものとして保証されるだろう。だがしかし。
どうしてもしっくりこないものがあり、そしてその空いた穴のような部分には、もう既に嵌まり込んでいる誰かがいて、気が付いてしまった。
気が付いてしまったものは柔らかな輝きとともに、積み上げてきたものをぼろぼろと崩してゆく。拾い上げるにはマクワはまだ幼く、そして長らく感情を共有し続けてしまった。

「ううん……。……ぼくのクラスメイトは……みんなもうすぐ初めて自分のポケモンを持つんだって。ずっとどのポケモンにしようって、この子がいいな、って話してる」

訥々としゃべる言葉はバラバラで、繋ぎ合わせようとしているのに、なぜかすぐに霧散してしまう。それでもタンドンは揺るぐことなくマクワの様子をじっと見つめていた。

「……ぼくはもうずいぶん前からポケモンを、ユキハミを連れている。だから……彼らのことなんて別にうらやましくなんて……。……おかげでこうして……きみに、タンドンに……会いに……来れています」

雪が解けて雫が落ちる音が洞窟内に反響した。

「こわいけど……すごく……よくわからないきもちになるけど……。
だけどきみと一緒にいるのは……。……一緒にいたい……これはきっと、好き……だから……。……おかしいですよね。もう兄なのに……ぼく、気持ちってよくわからなくて……」

タンドンはくるくると車輪を転がして、座り込むマクワの足にぴたりとくっついた。ざらざらしていて硬い感触と、ほのかな温かさが伝わってくる。この彼の持つものが、マクワにいつも安心と勇気をくれていたのだ。だから寒い寒い氷のなかの訓練だって越えてきた。

「……きみとなら……お母さ……。……いや母とも……向き合える。そんな気がしています。……これがぼくの……反抗、かな」
「ゴ」
「……ああ。……ぼく、ずっと母のいうことを聞いてきたから……母がよろこばないことをするのが……こんなにも……こわいのか」

正直、タンドンに出会わなければよかったと思った夜は数えきれない。彼のことを知らなければ今もマクワは冷たくて温かな氷の腕の中にいて、選び抜かれた将来の道を歩んでいたに違いない。
悩むことも、母に反旗を翻すこともなかった。けれどこうして今もタンドンと一緒にいる。何度だって彼に会いに来た。
この先の道も同じくらい選び抜かれて美しい将来の道がある。それを母ではなく、自分の力で証明してみせたい。
洞窟の中をふらふらと彷徨っていたマクワの瞳が、ようやくタンドンを捕まえる。そしてモンスターボールを前に差し出し、石床の上に置いた。

「……きみに……ぼくの……ぼくの初めて選ぶポケモンになってほしい……! 
そしてぼくが輝かせる最高のバディになってほしい……いや、してみせます。ぜったいに」

紅い瞳は奥底で静かに燃えている。タンドンはボールとマクワを交互に見やる。そしてくるりと車輪を動かし、マクワに背を向け離れていった。

「た、タンドン……!?」

少年ががくりと肩を落とす。タンドンは再び先ほどの洞窟の隅に戻り、落ちているものを拾い集めていた。
マクワは慌ててタンドンの近くに駆け寄った。彼はせっかく集めたばかりの小枝たちを放置し、転がる小石を頭にのせて、笑う。
前、雪もなく天気の良かった日、珍しくタンドンと一緒に外で小石拾いをした。マクワにはちっともよくわからなかったが、小道の中にタンドンが気にいる石があり、それを共に探してまわったのだ。
どうやらタンドンにとって大切なものになっていたらしい。

「……それを持っていきたいのですか?」

タンドンは首肯する。マクワは安堵とともに大きく息を吐き、その石を受け取った。
そして再び車輪はくるくると洞窟を駆け抜けて、紅白のボールに触れた。優しく揺れるボールは静かに収まった。

「ありがとう。ぼくの勇気。……ぼくのバディ。きみを……かならずぼくの運命にしてみせる」

少年はボールを拾い上げ、荷物をまとめた。見慣れた雪山は険しく怜悧に聳えている。
温かなひかりと硬い意思がマクワの背中を押していた。


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