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※ポケモン剣盾二次創作 マクワとセキタンザン(タンドン)
※幼少期妄想

「もどれユキハミ!」

モンスターボールから光が伸び、今しがた戦いに出てくれたポケモンがボールの中へと吸い込まれていく。母親との毎日の厳格な訓練の成果はしっかりと発揮されていて、野生のポケモンとひとりで戦うのも慣れ、ずいぶんと気持ちは楽になった。ユキハミも余力を十分残したまま、襲ってきた相手を追いやることが出来た。
山肌の白い急な斜面は太陽の光を反射し、ちかちかと輝いて目が痛いくらいだった。きちんとゴーグルを持ってくるべきだったな、と後悔しながら、少年は自分の吐く息が木々の中へと白く登っていくところを見上げていた。通いなれた洞窟の横穴はもう目前で、この坂を下った先にある。積もった新雪をゆっくりと踏みしめて、枝をかき分けながら進んでいけば、自分の頭すれすれの高さの入口に辿り着いた。暗がりの方からほんのりと生暖かい風が吹き、マクワの赤くなった頬を温める。外の雪の香りとはまた違う、湿った砂といわの香りがほのかに届き、静かに息を吐いた。
天然の洞窟の天井はむき出しの岩でごつごつしている。少しだけ頭を下げ、ぶつけないように気を付けながら少し進めば、すぐに背よりも高いドーム状の小部屋に辿り着く。
そしてその岩窟の隅っこで、石壁に向かい頭を下げている小さな石炭のいきものがいた。

「タンドン?」

ちょっと驚いたようにタンドンは振り向くと、すぐに笑顔を見せた。足元には前一緒に集めた石ころとともに、小さな枯れ枝や枯れ葉がたくさん落ちていた。拾い集めた食料を整理しているところだったらしい。
マクワはしゃがみ込み、並べて置かれた小枝のひとつを持ち上げた。

「……この時期はおいしそうな葉っぱがありませんね……」
「ゴゴ」
「……食べなくても平気だとしても……ああ、そうだ」

背負ったリュックを下ろし、中から小袋を取り出した。ジップロックの中には小粒に分けられた固形のポケモンフーズがぎっしりと詰まっている。
加工したポケモン用フーズの香ばしい匂いがひとの鼻孔を擽った。なんとなくおいしそうな気がしてくる。幼い頃、うっかり食べてしまった時はあまりのまずさに大泣きしたのだと母親に教えられたことを思い出した。

「これをどうぞ。これも味はよくないかもしれませんが……」
「ゴオ」
「……ごめんね、ほんとうはいわポケモン用のものがあればよかったのだけど」

袋の中身を掌に開け、タンドンに差し出した。タンドンは興味深げにじっと見つめた後、今度はマクワの目を見る。

「……食べてみます?」

少しだけ頭を傾げて、タンドンは車輪を回して動き、マクワの手にぴたりとくっつく。

「そうか、タンドンのくち……どこだろ。ユキハミもわかりづらかったのですが」

湿った岩床に膝をつき、タンドンの下側を覗き込もうとした瞬間、掌をまるで舐めるとするかのように車輪がぐる、ぐるりと動き出す。

「ええと、引っ掛けてるんだっけ……」

マクワも小さな手を傾けて車輪の動きに合わせ、彼が体内にポケモンフーズを食べられるよう乗せてやる。するすると小粒のご飯は吸い込まれていった。
ごり、ごりとすり潰す音を立てた後、タンドンはマクワを見上げて笑った。

「フフ、おいしい? それなら……安心しました」

マクワは小袋をカバンにしまい、代わりにピクニックシートを取り出し、その場に広げて座った。ポリエステルの厚みのあるシートごしに、ひんやりとした冷たさが尻に伝わってくる。
そしてタンドンの頭を軽く撫で、ポケットからちいさな赤と白のボールを取り出した。

「……きみを……きみを家に迎えても……だいじょうぶ、ですね」
「ゴ?」
「……ぼく……ぼくは……」

湿っているはずの洞窟で、喉の奥が渇く。口の中に唾が溜まる。手が震えて、ボールがカタカタと音を立てる。いつもならここでのんびりと呼吸をしにくるものだ。
けれど今日は違う。普段の日常を乗り越えるためにここまでやってきた。マクワは目を瞑って一呼吸置くと、タンドンの紅い瞳を覗いた。

「きみと……友達以上に……なりたい」

掌に乗った小さなボールはタンドンの紅い輝きを受けて鈍く光る。

「……でもね。ぼく……なんか変なんだ。きみがいると……なんだかぞわぞわして、どきどきして……すごく……おかしな気持ちになる。これが……これが、くるしい……怖いって……いうのかな。
きみがいなければ……ぼくはたぶん、なにも感じることなんてなくて……お母さんの……」
「ゴオ……?」

マクワは思い出す。トレーナーになる訓練の一環として、ジムチャレンジ前であるというのに、既にユキハミを連れている。けれどもつい先日師匠である母は、さらに自分のラプラスを譲るつもりだと言い出した。
わかっている。自分がこれまでずっと訓練し続けてきたのも、厳しく教わってきたのもすべて母の後を継ぐためだ。それがごく当然だと思ってきた。
母の切り札であるラプラスを自分のポケモンとして迎えられれば、戦力として何より申し分ない。
きっとこのガラルリーグの世界での自分の立場は絶対のものとして保証されるだろう。だがしかし。
どうしてもしっくりこないものがあり、そしてその空いた穴のような部分には、もう既に嵌まり込んでいる誰かがいて、気が付いてしまった。
気が付いてしまったものは柔らかな輝きとともに、積み上げてきたものをぼろぼろと崩してゆく。拾い上げるにはマクワはまだ幼く、そして長らく感情を共有し続けてしまった。

「ううん……。……ぼくのクラスメイトは……みんなもうすぐ初めて自分のポケモンを持つんだって。ずっとどのポケモンにしようって、この子がいいな、って話してる」

訥々としゃべる言葉はバラバラで、繋ぎ合わせようとしているのに、なぜかすぐに霧散してしまう。それでもタンドンは揺るぐことなくマクワの様子をじっと見つめていた。

「……ぼくはもうずいぶん前からポケモンを、ユキハミを連れている。だから……彼らのことなんて別にうらやましくなんて……。……おかげでこうして……きみに、タンドンに……会いに……来れています」

雪が解けて雫が落ちる音が洞窟内に反響した。

「こわいけど……すごく……よくわからないきもちになるけど……。
だけどきみと一緒にいるのは……。……一緒にいたい……これはきっと、好き……だから……。……おかしいですよね。もう兄なのに……ぼく、気持ちってよくわからなくて……」

タンドンはくるくると車輪を転がして、座り込むマクワの足にぴたりとくっついた。ざらざらしていて硬い感触と、ほのかな温かさが伝わってくる。この彼の持つものが、マクワにいつも安心と勇気をくれていたのだ。だから寒い寒い氷のなかの訓練だって越えてきた。

「……きみとなら……お母さ……。……いや母とも……向き合える。そんな気がしています。……これがぼくの……反抗、かな」
「ゴ」
「……ああ。……ぼく、ずっと母のいうことを聞いてきたから……母がよろこばないことをするのが……こんなにも……こわいのか」

正直、タンドンに出会わなければよかったと思った夜は数えきれない。彼のことを知らなければ今もマクワは冷たくて温かな氷の腕の中にいて、選び抜かれた将来の道を歩んでいたに違いない。
悩むことも、母に反旗を翻すこともなかった。けれどこうして今もタンドンと一緒にいる。何度だって彼に会いに来た。
この先の道も同じくらい選び抜かれて美しい将来の道がある。それを母ではなく、自分の力で証明してみせたい。
洞窟の中をふらふらと彷徨っていたマクワの瞳が、ようやくタンドンを捕まえる。そしてモンスターボールを前に差し出し、石床の上に置いた。

「……きみに……ぼくの……ぼくの初めて選ぶポケモンになってほしい……! 
そしてぼくが輝かせる最高のバディになってほしい……いや、してみせます。ぜったいに」

紅い瞳は奥底で静かに燃えている。タンドンはボールとマクワを交互に見やる。そしてくるりと車輪を動かし、マクワに背を向け離れていった。

「た、タンドン……!?」

少年ががくりと肩を落とす。タンドンは再び先ほどの洞窟の隅に戻り、落ちているものを拾い集めていた。
マクワは慌ててタンドンの近くに駆け寄った。彼はせっかく集めたばかりの小枝たちを放置し、転がる小石を頭にのせて、笑う。
前、雪もなく天気の良かった日、珍しくタンドンと一緒に外で小石拾いをした。マクワにはちっともよくわからなかったが、小道の中にタンドンが気にいる石があり、それを共に探してまわったのだ。
どうやらタンドンにとって大切なものになっていたらしい。

「……それを持っていきたいのですか?」

タンドンは首肯する。マクワは安堵とともに大きく息を吐き、その石を受け取った。
そして再び車輪はくるくると洞窟を駆け抜けて、紅白のボールに触れた。優しく揺れるボールは静かに収まった。

「ありがとう。ぼくの勇気。……ぼくのバディ。きみを……かならずぼくの運命にしてみせる」

少年はボールを拾い上げ、荷物をまとめた。見慣れた雪山は険しく怜悧に聳えている。
温かなひかりと硬い意思がマクワの背中を押していた。


10/26/2023, 4:41:18 PM