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※ポケモン剣盾二次創作・マクワとセキタンザン

渇いている。乾燥した口の中はまだるっこく重たいが、指示を出すことに何ら支障はなかった。
だが口を開けているとざらざらした砂が入り込んでしまう。
青く怜悧なサングラスはこういう時でも、常に視界を守ってくれるので有利だった。
多くの砂を含んだ風が舞い上がり、煙に包まれていたスタジアムの視界が晴れる。湿気を含んだ土埃の香りでいっぱいだった。割り拓くように大きな黒い脚の影が見えた。ごうごうと煌めいているのは高く燃え上がるセキタンザンの背中の炎。まだ立っている。炎も弱まってはいない。
彼自身警戒を解いていないのだということも、その背がはっきりと物語っていた。
お互いキョダイマックスの時間はおわったが、そうだろう、これだけで倒れるはずがない。ならば先手を打つべきだった。奥歯からじゃり、と砂を噛みしめる音が聞こえた。

「ストーンエッジ!」

セキタンザンがその場で高らかに吼えると、鋭い石の槍が伸びていく。同じように複数の岩石がばらばらと降って来る。岩と岩のぶつかり合い。巨石もなんのその、バディが放った岩鑓は容易く砕いていく。
大きな影は自ら真っ直ぐに石の中へと突っ込んできた。一気に片を付ける気だ。

「セキタンザン、フレアドライブ!」

石炭の炎の温度が一気に上がった。焦げ付くような香りが増していく。
たくさんの命を守る事の出来る炎が燃える。燃え盛る。それはつまり、自分も相手も命を奪えるほどの強力な武器になり得るのだ。
水を纏って弾丸のように飛んでくる相手に向かって、セキタンザンは自らを燃やして飛び上がった。
いわを包み込んだ水と火が相対する。スタジアムの中が白い蒸気に包まれる。力と力がぶつかり合い、激しい風が巻き起こり、再び視界を阻んでいく。セキタンザンの方を見つめたまま、サングラスの表面に付いた水滴を払う。
白い視界の中、最後の切り札たるバディが苦しそうに膝を付いていた。

「セキタンザン!」
「ゴオッ」

セキタンザンは吐き捨てるように吼えると、再び体制を整えた。彼の身体から、特性が発動している証拠の白い煙が上がり続けていた。フレアドライブは反動が来る技ではあるが、まだ相手が動いた様子が見えないとなると、おそらく向こうも同じような状況だろう。
もはや許された体力は残り少ない。ゲージなるものがあれば、きっとちかちかと赤い信号を出しているに違いない。
辛そうに息を整えるセキタンザンを視界の端にいれ、ぎゅっと目を瞑り、再び目を開く。
今ここで自分も弱さを見せれば、彼が必死に耐えているものが全て水の泡となって消えてしまう。トレーナーの心得だ。
ぼくたちがここまで積み上げてきたものが軟じゃない事は誰よりもこのぼくが知っていた。
ここまで来たのだ、必ず勝利をもぎ取る。ぼくたちにとって今何より必要なのは勝ちの白星だ。
母の夢を蹴って独立した身、負けてマイナーリーグに降格するわけにはいかない。
スタジアムの上では先輩も後輩も何もない。勝つか負けるか、それだけだ。
観客の前で十分に彼の新しい魅力は見せられたはずだ。今もたくさんの人の歓声がぼくたちを呼んでいる。ならばあとは結果を手に入れるだけだ。

「……セキタンザン、いけますね!」

彼の紅い眼が振り向き、頷いた。視線が合うだけで、彼の中で燃えるものが同じように自分の中でも燃え滾る。硬い意志と高い温度がぼくの指先から指先全てに力を与えている。
力強く走り抜ける蒸気機関の進路をとるのはこのぼくだ。絶対に止めさせやしない。
ここですべてが決まる。決めてみせる。
蒸気の緞帳が割け、黒い影がゆらりと大きくなって近づいてきた。頭上からひやりとした冷たさが流れる。迸る水がここまで届いていた。来る。

「ストーンエッジ!!」

腕を振れば、水を割る怜悧な石の剣が昏い影を貫く。激しい爆発音が耳を劈く。煙が巻き起こり、再び強い風がスタジアムを吹き抜ける。ぐっと噛み締めたままだった息を吐く。
強い渇きはまだこの胸に蔓延っている。つばを飲み込む音が大きく聞こえる。じゃり、と砂粒を噛むと割れて小さくなった。
砕けた大岩が膝をつく音が聞こえる。きらりと燃える灯りが輝き、スタジアムのターフが見える。
わあと大きな歓声が地面を揺らす。
一筋の雫が顔を伝った。

4/21/2023, 5:15:40 PM