〈放課後〉
放課後担任から呼び出された。
2限目の現国の授業が終わった後、名前を呼ばれ、教壇に向かった私に「放課後、教室に待ってて」と言われた。そして、私の有無を聞かず、教室を出て行った。
私は返事くらいさせてよ、もし私が先約があったらどうするつもりなの?と首を傾げつつ、少し苛立ちを感じていた。
私には決定権はないと言われてるようで、私の反骨精神が反応してしまうが、そういった感情は無駄だと世間知らずの私でもわかるので、取り敢えず6限が終わるまで大人しく授業を受けた。
まぁ、受けたと言っても、受けているように見えるだけと言った方が良いだろう。実際授業は退屈だし、私は人より要領が良いのか、地頭が良いのか、教科書を読んだだけで大抵のことは理解できる。それに、授業は退屈だと言いつつも、毎日予習は欠かさずしている。きっと、その効果もあるだろう。
先に知っていた方が後々楽になるし、テストで良い点が取れるということを知ってるからだ。
別に勉強が好きという訳ではない。ただ、やるべきことを淡々とこなしていき、自分に合う勉強法で勉強をすれば、評定も上げてくれる。
大学受験を2年後に控えてるが今からこつこつ実績を作れば、年内に入試が終わらせることも不可能ではない。嫌なことはさっさと終わらせたい性分なので、結局は入試目当てでもある。
やりたくないことでも、やるからにはいい結果を出したいという私のクソ真面目が発動してしまう。
結局、担任からの一方的な予定をすっぽかすことだってできたのに、私は自分の席に座って教壇で他の生徒の対応をしている担任を見ていた。
そっちから言い出したくせに、待たせるのか。
担任が中々こっちに来れないのは仕方がないことなのに、私はまた少しの苛立ちを感じていた。
あと5分したら帰る。
私はを11を指してる長針を見てそう決めた。
私だって予定はあるのだ。今日はたまたま部活はないが、明日の授業の予習だってあるし、何より疲れた。
はやくベッドに飛び込みたい。
はやく時計の針が進めばいいのにと心の底から思った。そしてあわよくば、担任との予定をすっぽかしたかった。
しかし、そんな私の期待は裏切られた。
あと1分のところで担任がやって来たのだ。
教壇から降りてじりじりと近づく担任に、私は顔を背け、まるで人違いだと振る舞う。だが担任はそんな私の抵抗を無視して、「待たせてすみません。場所を移動しましょう」と無神経に言った。
目の前で言われたからには、流石に無視できず、無言で床に置いてたリュック片手に担任の後に着いていった。
着いたのは教室から離れた進路相談室だった。
たしかここを使うには進路指導主任の許可が必要だったことを思い出し、せめて許可取りを忘れていたと言わせたくて、わざと「ここって許可は必要ないんですか?」と聞いた。担任は淡々と「昨日、主任に許可を取ったのでご心配なく」
私は「昨日」という言葉が引っかかった。急に私と話す時間を作ったのではなく、少なくとも昨日の時点で、もう既に決めていたということになる。
担任の手の上で転がされてる気分になり、嫌気が差す。
渋々担任の目の前の席に座った。しょうがないだろう。
席は対面で、1つずつしかないのだから。
聞かれる内容は何となく分かる。
心当たりもある。ただ、聞いてはほしくない。
しばらくの沈黙が続いて、担任が口を開ける。
「最近はどうですか?」
「どうって…?」
「学校のことです。クラスメイトとどうですか?」
あまりにも抽象的な質問におどおどしていると、担任が補足を付けた。
「普通です。特に問題はないです」
AIのような答えだなと我ながら思いながら答えた。すると先生は、少しはにかむように笑い、それはよかったですと言った。
「他に気になることはありませんか?」
「特にないです」
「そうですか」
また沈黙が降り注ぐ。
大体、そっちから呼び出してるのであればさっさと用件を言ってほしい。なぜそんなにも焦れったく、遠回りするのか。相手の意図が全く読み取れず、不安になる。
「庄司さんの作品見ましたよ、書道部の。木簡が好きなんですか?」
「はい」
「私も高校生の頃木簡が好きでした。昔の人にとってみればただの荷札だったかもしれませんが、今の私たちからすれば貴重なものになる。もしかしたら同じようなことが数100年後に起こるかもしれませんね」
「そうですね」
「木簡は元々ご存知だったのですか?」
「いえ、書道部の荒木先輩から勧められて」
「あぁ、荒木千春さんのことですか?」
「はい、そうです」
「確か、3年生になってましたね。彼女も庄司さんと同じくらいの頃、木簡を書いてました。荒木さんの木簡も庄司さんの木簡も、それぞれ違った味が出て良いですね」
〈カーテン〉
保健室は学校内にあるはずなのに、別世界にいる気分にしてくれる。
保健室のベッドに寝そべり、独特の消毒のような匂いが鼻につく。アルコールのような匂い。
いつも保健室にいるような生徒ではない。不登校でもサボりでもない。いつもは毎朝登校し授業もちゃんと受けて、週に3回のクラブ活動をして、帰宅する。至って普通の生徒だったが、今日はノットノーマルデーだ。
いつものように校門に突っ立ってる教頭に頭を下げは途端、下腹部に鋭い痛みに襲われた。
声にならないほどでそのまま私は蹲った。
異変に気づいた教頭やたまたま通りかかった友達、名前すら知らない生徒が次々に声をかけてくる。
私はそれに頭をふるか、頷くことしかできなかった。額には汗が伝わり、ぎゅうっと痛みが次第に強くなる。
女にしか分からない、痛み。
「おい、大丈夫か?」
「ユキちゃん?どこが痛い?」
「俺、保健室の先生呼んでくる」
親切心で声をかけてくる人には申し訳ないが、私にとっては騒音にしか聞こえない。
頼むから、ひとりにしてくれ。
心の底から願った。
やがて騒動を聞きつけた養護教諭が私の意図を読み取ったのか、私を囲む生徒らを遠ざけ、背中を擦りながら裏道から保健室に入った。
幸い他に生徒はいないようで、近くのベッドに寝かされた。
心遣いのつもりなのか無意識なのか分からなかったが、養護教諭の配慮にはとても感謝する。
「寝てて良いからね。1時間くらいして症状次第で早退するか考えよう」
そう言って、養護教諭はカーテンを閉めた。
複数のベッドが並ぶ1台に寝かされ、他に生徒はいないとは分かってるが、そわそわしてしまう。
生まれて初めて保健室のベッドを使い、枕に顔を突っ込む。柔らかい花の柔軟剤の香りが伝わり、うとうとし始めた。下腹部は相変わらず痛いが、さっきよりはマシになった。
冷房の風でゆらゆら揺れ動くカーテンを見ながら、瞼を閉じた。
このまま時が止まればいいのにと願いながら。
「涙の理由」
ライブが終わり、メンバーやスタッフさんと食事をして、各々ホテルへ帰った。
スタッフさんは6階で別れ、俺たちは12階でエレベーターが止まった。
適当にエレベーターから近いメンバーの部屋でみんなでライブの感想やさっき食べた料理について喋り、明日はオフだがそれぞれの予定があるからと、自分たちの部屋に戻った。
「おやすみー」
「ゆっくりしてねー」
「じゃーねー」
とても20代後半の会話とは思えないが、僕たちはかなり仲が良く、こんなのは当たり前だ。
僕はカードをドアノブにかざし、部屋に入る。
今回はそこそこいい部屋に恵まれた。1人部屋で、ソファーも大きく、3人入っても充分すぎるくらい広い部屋だ。事務所側が僕たちがこのホテルにふさわしいだろうという表現は大げさだが、やはり功績のおかげで、デビュー1年目と今では使っていたホテルもだいぶ変わった。皮肉ってるわけではない。事務所側の気持ちも分かる。俺たちのグループは3年目にして、やっと1位を取れるようになり、そこからうなぎ登りでここまできた。
アイドルは7年間の賞味期限がある。
契約が大抵7年間で、7年目を迎えたら事務所側が契約を更新するのかしないのか決める。
7年目を迎え無事契約更新した僕たちは、ファンやスタッフさんから祝福された。
こんなにも愛されていたのか。
僕はマネージャーから契約更新を聞いた時、抱き合ってるメンバーやその場にいたスタッフさんの拍手を聞きながらぼんやりと考えていた。
デビュー前の僕たちをサポートしてくださったT&Dの方も花束を片手に喜んでくれた。T&Dの部門のスタッフさんは、自分が担当しているグループのデビュー日を見届けたら、そこで仕事は終わり、別のグループや人材の発掘に回る。デビュー日から一度も会えなかったわけではなかったが、やはり久しぶりにお会いできたので、つい抱きしめあった。
今の待遇に不満があるわけではない。
むしろ、感謝してもしきれないほどに恩恵を頂いてる。
ただ、なんだろう。このポッカリと空いた穴は。
異変に気づいたのは、契約更新を聞いた次の日からだ。
最初は寝付きが悪いとか、中途覚醒があるとかその程度だった。が、日に日に悪くなり、今では強い眠剤を飲まないと寝付けず、それでも何度か起きてしまう。
僕はメンバーには内緒で、芸能人専用の病院に駆け込みどうにかしてこの症状を抑えたかった。
眠れなくなると何事もネガティブに考えてしまう癖がある僕は、周りに迷惑をかけたくないため、何でも良いから眠れる薬が欲しいと懇願した。
しかし医師は、それじゃあ根本的な解決には至らないとばっさりと僕の意見をぶった斬った。
つい、かっとなってしまった僕は荒く聞いた。
「じゃあ、これ以上どうしろと言うのですか?」
医師は最初こそは驚いたがすぐにいつも通りになり、冷静に答えた。
「他に原因があるということですよ。心配事や不安事がある可能性があります。それらを解消しないといつまでたっても眠れないということです」
冷静に反論する主治医に腹が立ち、足を組み直しなるべく自分の気持ちを悟られないよう言った。
「僕にはそんなのはありません。メンバーにもスタッフさんにも恵まれてます。心配事も不安もありません」
「無意識の領域にあるかもしれませんし、ソウマさんが蓋をしている感情があるのかもしれません。」
あぁ、むかつくな。
ああ言えばこう言う目の前の男は、それでも僕の気持ちを揺らしてくる。
「そんなの、分かるわけないじゃないですか。もし仮に蓋をしていたとしたら、それを開けろと言うのですか?蓋をするほど辛い記憶と向き合えと言うのですか?」
僕は笑いながら皮肉っぽく言った。同じ土俵に立つのも限界が近づいてきたが、それを認めたらこの男に負けた気がする。だからわざと、試し行動をしてみた。
この男がどういう反応をするのか、どんな言葉をかけるのか。しかし、そんな子どものような思惑には乗らず、いつも通りの男だった。
「えぇ、そういうことになりますね。トラウマと向き合い、次のステップへ向かう準備をしなければなりません」
あっさりと認め、むしろそこまで考えられるのは凄いと言いたげな顔をして、じっと僕を見つめた。
負けた。いや、立場が違いすぎる。
相手は心の専門家だ。しかも芸能人専用の病院に勤務しているから、それなりの実績はあるだろうし、なによりもこの3ヶ月1時間毎週水曜日にカウンセリングをしてきたんだ。
原因なんて始めから分かっていたのだ。もしかしたらこの男も見抜いてるのかもしれない。
最年少だから兄さんたちの足を引っ張りたくなくて、この7年間走り続けていた。
ダンスの講師が練習のしすぎたと言われても、ボーカルトレーナーからこれ以上練習したら喉が潰れてしまうと言われても、無視し続けた。
最年少だからって、甘やかされるのはファンの妄想だ。
実際、デビュー日にメンバーが公開されると、僕の名前だけブーイングが起こった。
「入所してたった7ヶ月でデビューなんて。最年長のユウは8年間練習生として走り続けていたのに」と。
トラックデモまで発展したが、初のパフォーマンスである程度のアンチを黙らせることができた。
口には出さなかったが、アンコールと黄色い歓声が鳴り響く中、俺はひとり、優越感に浸っていた。
そして、舞台裏でみんなが抱きしめてくれた時は最高に嬉しかった。やっとメンバーとして認められたんだと思った。
「ソウマ、よくやった!」
「いつの間にこんなに上手になったんだね」
次々とかけられる褒め言葉とその日の夜にひとりである掲示板を見て、つい「ほら見ろ、デビュー日はあんなに叩いてた癖に手のひら返しじゃん」とつぶやいた。お気に入りのジンジャーエールを飲みながらニヤけていた。
今思えば、これがいけなかった。
その日の夜見た掲示板は、芸能人や著名人の名前を検索すると、その人の好感度がパーセント提示で出てくる。とは言っても、この数字には信憑性はほぼゼロだ。
なんて言ったって、要は芸能人や著名人に嫉妬する人や快く思わない人の溜まり場で、便所の落書きのようなものだ。『好き』か『嫌い』のボタンを1日1回押せる仕組みで、メアドさえ登録すれば誰でもコメントを残すことができる。大抵は、妬みや嫉妬。嫌韓の人や反日の人も互いに罵りあっている毎日。勿論、中には不倫や違法賭博した著名人に対して叩くケースもあるが、基本的には
普通に仕事をこなしている人がターゲットだ。
テレビでのあの発言が気になるとか、あの態度、絶対人を虐めたことがある人間がする態度だよとか、その程度だ。
そしていつの間にか、好感度のパーセント提示をチェックするのが日課になっていた。
他のメンバーのは見たこともないし、見たくもない。
何も知らないお前らに兄さんについて語ってほしくなかったから。ただ、自分の名前はいつも検索していて、ショートカットまでつくった。すぐに自分の好感度を見たかったから、コメントを見たかったから。
「努力すればアンチは黙る」幼稚な俺は短絡的に物事を考え、そう結論に至った。
だから正直ファンのために練習すると言うより、アンチを黙らせるために練習している。ただ、口では言わないだけだ。
7年目を迎えると、大抵のアイドルはソロ活動が許される。楽曲制作やドラマ・映画出演、バライティー番組やラジオ番組のMCなど。マネージャーやディレクターと話し合い、どの方向性で行くのか決める。だが、楽曲制作は全員必須となっている。僕はリードラッパーだからおそらくソロもラップを書くことになるだろう。
あぁ、楽しみだ。
ある程度は好きなように楽曲制作ができるため、思う存分、アンチを煽ることも踏み潰すこともできる。それも合法で。決して違法なやり方ではないし、むしろ芸術だと、これが真のラッパーだと思わせることができる。
エミネムなんかも大統領まで煽るくらいだ。
ひとりのアイドルがアンチを煽るくらいで何が問題だよ?
「‥マさん?ソウマさん?」
主治医の声ではっとする。
さっきまであんなに自分を苛つかせていた男は心配そうに、俺の顔を覗き込む。
「急に黙り込んだから心配しました」
パソコンのキーボードから手を離し、こちらに体を向けてる男は、本気で俺を心配していた。
「あぁ、すみません。その…自分が無意識に溜め込んでいたものってなんだろうと考えてました。あの、ジョハリの窓のようなものです」
「あぁ、ジョハリの窓ですね。よくご存知ですね。」
「はは、なんかの本に書かれてあって、それで多分覚えてたんだと思います」
「そうですか、中々コアな分野ですよね。ジョハリの窓は4つあって。『自分も他人も知ってる部分、開放の窓』『自分は知ってるが他人は知らない窓、秘密の窓』『自分は知らないが他人は知ってる部分、盲点の窓』そして、『自分も他人も知らない部分、未知の窓』の4つで構成されています。」
「お気づきかもしれませんが、私から見たソウマさんはかなりの努力家に見えます」
「そうですか?よく言われますが、自覚はしてないですね」
わざと知らないフリをした。自分が努力家なんて知ってるし、自分でもやり過ぎだなと思う時だってある。でも、やらなければあいつらがまた俺を苦しめる。だから努力してんだよと心の中で反吐を吐いた。
「では、これは盲点の窓になりますね」
主治医は呑気に言った。
「ジョハリの窓ですか?そうですね、盲点の窓に当てはまりますね」
軽く相槌を打った。
「ソウマさん。私の見解では、ソウマさんは人の目を気にしすぎる傾向にあると思います。また、ソウマさん自身が抱えているものがあまりにも大きすぎて、ソウマさんを潰しかねないと私は思っています。そのため、次回から治療方針を変え、投薬治療を続けつつ、対話をメインにした治療に変えてみませんか?勿論無理強いはしませんし、辞めたくなったらその場で中断することを約束します。いかがですか?」
黙ってる俺に主治医はまた言った。
「すぐに答えが欲しいわけではありません。自分と向き合うことは、時に海に溺れるような苦しさや辛さを伴います。ですが、このままではソウマの不眠は治らないと思っています。もし、治療で不安なことがあればいつでも申し付けください。」
俺は、少し考えさせてくれと言い、診察室を後にした。
それから1ヶ月。
俺は診察をすっぽかした。忙しくても欠かさず毎週行っていたとは思えないが、これもこれで良いだろうと決めつけた。
ライブ終わりはいつも虚無感に襲われる。
やりきった証拠なのかもしれないが、シャワーを浴びても、身体中に虚無感がべとりと付いているのは心地よくない。
「死にたい」とは思わないが、「辛い」とは思う。
きっと、メンバーやマネージャーに「死にたい、辛い」と言ったら抱きしめてくれるだろうし、活動休止期間もつくってくれるだろう。
でも、俺が求めてるのはそれじゃない。というか、そこまでしなくてもいい。
骨折みたいに誰がどう見ても病人だと分かれば、みんな手厚くサポートしてくれる。でも俺のようにかすり傷が無数にある身体には興味も示さない。
だって、かすり傷だもの。
絆創膏さえ貼れば済む話だ。
でもなぜだろうか。
このポッカリと空いた穴は、虚無感は。
やはり医者が言うように治療方針を変えるべきなのか。
でもそんな勇気は俺にはない。
デビュー日のファンや周りの人からの俺に対する愚痴や誹謗中傷が流れても、俺は平気な顔をした。メンバーやマネージャーはそれこそ心配してくれたし、同じ事務所の先輩も同じような経験をしたことがあるからと言って、ご飯を奢ってもらったこともある。
でも何を言われようと、俺は平気だと、気にしていないと伝え笑顔を貼り付けていた。
今ではアンチを罵ることだって簡単にできる。手だって出そうと思えば出せる。ただ実際にはしないだけでしようと思えばできる自分は強い人間だと思っていた。
しかし、俺は思ったより弱い人間だったようだ。
たった今、主治医からのメッセージを読んでSOSを出してしまった。
もうこれは、強い人間とは呼べないだろう。
自ら醜態を晒してるのだから。
あと数分で主治医が来るだろう。あの憎たらしい男が。同じ男だからこそ、俺を苛つかせる。
が、その憎たらしい男に頼らざる終えないのが現実だ。
もういい、無駄なプライドは捨ててしまおう。
7年ぶりの涙が零れ落ちた。
「ココロオドル」
ココロ
コロロ
ロロロ
オドル
オルル
ルルル
「束の間の休息」
妹が死んだ。
交通事故だった。
妹は看護学生で毎日1時間半ほどかけて、山の中にある大学に通っていた。田舎の中でもトップクラスに入るほどの田舎にある大学なので、道はほとんど真っ直ぐに進み、信号もほとんどない道だ。そのため、よほどのことがない限り、事故は起こらないと近隣住民も言うほどで、10年程住んでる住民も、初めて事故を見たと言うくらいだ。
原因は対向車線からはみ出した車との衝突事故。相手は聞いたところ、飲酒運転をしていたみたいで、たまたま走っていた妹の車と衝突した。
妹はたまたまだったのだ。
たまたま飲酒運転していた車が、自分の方にぶつかって来て、死んだ。
誰がどう見ても、相手が悪い。
「きっと今頃ネットニュースにでもなって、コメント欄が荒れてるだろうな。」
そんな独り言しか言えない私は、性格が悪いのかもしれない。いや、人の心がないかもしれない。警察から妹の事故を聞いた時、真っ先に私はこう聞いてしまった。「妹は、即死でしたか?」と。
電話越しだったので相手の顔は見えなかったが、きっと、今聞くことではないと思ったのだと思う。警察は「おそらく即死だと考えられます」と淡々と言った。
「即死」という言葉に私は少しだけ安堵した。
彼女は私の妹だが、世間一般の妹ではない。私たち2人は双子だ。記憶はないが、母親の胎内にいる時から一緒だった。誰よりも彼女のことは知ってるつもりだ。
二卵性だから、好きなものも、嫌いなものも何もかもが違う。顔だって、大抵こっちから「双子なんです」と言わなければ気づかないレベルで、妹と私の身長差は20センチほどあるので、双子というより、姉妹に近い。妹は顔は、大人びているが、好きなファッションはスカートが多く、フェミニン系統の服をよく着ていた。148センチと平均より低い妹はよく、試着室で悶えていた。背が低いため、欲しいスカートが大体つま先まで覆ってしまい、裾上げをしなければならない。ただ店舗によっては裾上げだけでかなりの値段を取られるので、また悶えていた。
一方の私は真逆と言っていいファッションが好きだった。私服のスカートは一着ほどしかなく、ほとんどがダメージジーンズやスキニーパンツ。グランジファッションやストリート系統のファッションが好きで、2人で並ぶと、もはや姉妹どころではなく、真逆のファッションを好む友達のように映っていた。
私は168センチと女性にしては高い方だ。小学生の頃から後ろの方に並んでいたが、妹は大抵前から二、三番目だった。