『心と心』
あなたとわたしの心と心が温度を持って触れあったとき、はじめてちゃんと笑えた気がした。
『何でもないフリ』
何でもないふりをして、なにも知らずに笑うあなたの隣に並んだ。
何でもないふりをして、目線に下に向けたまま悲しさを笑顔の奥に潜めたあなたが大丈夫だよ、なんて静かに息を溢す。
大丈夫じゃないことなんてわかりきっていたけれど、正しい返事なんてわからなくて、ただその肩を抱いた。
あなたの体温が、今にも泣き出しそうな子供のように熱くなっているのがわかる。
何でもないふりをするあなたが、その全てをさらけ出せるのが私であってほしいと思った。
『仲間』
仲間なんだから、なんて何もないようにあなたから放たれた言葉を噛み締める。
自分には縁のないはずだったそれを、大切にすると誓った。
『手を繋いで』
あなたと手を繋いで、家までの道を辿りましょう。
「手を繋いでほしい」
あなたの視線が私を射貫いた。
胸郭で心臓が暴れまわって、自分の顔が紅くなるのがわかる。
なにも言えないままただこくりと頷いて、少し冷たくなった手を差し出した。
「冷たいね。大丈夫?」
伝わるあなたの体温は燃えそうなほどに熱くて、あなたの緊張をそのまま伝える。
大丈夫だよ、なんて返して、はじめて繋いだあなたの手を、あなたと同じ力で握り返した。
『ありがとう、ごめんね』
「ありがとう、ごめんね」
泣きそうな顔を奥に忍ばせるあなたにお決まりの言葉を投げる。
「ごめんねはなしね。私がしたくてしてるんだか」
風が吹いて、墓花立に挿した菊の花が揺れる。
とっくにいなくなったはずのあなたが、少し鮮明になって、すぐにまた薄くなった。
「何年目だっけ?」
「10年目かな」
じゃあ私は30歳か。
あなたがいなくなってから数えなくなった自分の歳を自覚する。
あなたはまだ、20歳の見た目のままだ。
「また来年来るね」
スカートについた土を払って立ち上がる。
花の香りが鼻腔をくすぐって、けれども残らないままぼんやり消えた。
私と出会ってくれてありがとう。
愛してくれてありがとう。
愛されてくれてありがとう。
全部を返せなくてごめんね。
君といられて、幸せだったよ。
来世ではどうか、また一緒に。