暁 瑞稀

Open App
12/28/2025, 4:21:40 PM

「心の旅路」

 何を言っているか分からないだろうが、私の心はたまに旅をする。心というか、意識というか、体を置いていって色んな場所に行ったりするのだ。
 例えば今、母に怒られている時とか、急にふわりと浮いた感覚がして、自分を見下ろしているように見える。そうなったらあとは簡単。海が見たいと思えば目の前には月明かりがキラキラ反射している海辺に立っていたり、都会の綺麗な景色を見たいと思えば知らないビルの上で綺麗な夜景を眺めることができる。
 でもそれは長くは続かない。頬を叩かれたり、何か物を投げられたりと、何か衝撃が加わるとすぐに現実に戻ってきてしまう。
 気がつけば頬がじんじんと熱を持っていて、目の前には息を荒らげた母が恨みの目でこちらを見ていた。
「(嗚呼、戻ってきてしまった)」
 その後は旅に出ることなく罵詈雑言を聞き流していた。母が満足したのかそのままキッチンへと向かった。
 私は部屋に戻りベッドに潜る。
 どんなに頑張っても、旅に出ることはできない。諦めて目を瞑る。
 体がポカポカと暖まってきて、眠気が出てくる。ウトウトとしていると、部屋の扉が開く音がした。母が入ってきたようだ。
 その時、また自分を見下ろしていた。よく見てみると母の手には包丁が握られている。そしてそれを振りかぶって、母が振り下ろす。
 自分が刺されているのをボーッと眺める。私の体も、抵抗することなくただ刺されて抜かれる度に反動で動くだけ。白いベッドがどんどん紅に染まっていく。
 急に体がふわりと軽くなる。そこで浮いたまま体を動かせることに気がついた。前までは立ったまま動くことはできなかったのに。ただ場所を移動することしか出来なかったのに、今は自由に歩けるし飛ぶことができる。
 それに、どんなに衝撃を与えられても、心は戻っていない。
 毎日願っていた夢が叶ったんだ。これで好きに色んな場所に行けるし、綺麗な景色を眺めながら移動もできる。
「(やったぁ! これでやっと自由になれたんだ!)」
 そう思い私はまた綺麗な景色を見に、心を旅に向けるのだった。


 ────次の日、とある家庭の食事時

「では次のニュースです。女子中学生の娘を刃物で複数回刺し、殺害した疑いで、母親の○○容疑者が逮捕されました。容疑者は容疑を認めており、『産むんじゃなかったと、ずっと後悔していた。もう後悔はしていない。凄くスッキリした』と述べているそうです。近所の住民の証言では、毎日のように怒号が聞こえていた。たまに物を投げたような音がした。娘の○○ちゃんは、いつも笑顔で平気そうに○○(容疑者)さんの話をしていたので、通報できなかった。と、話しており、日頃からの虐待があったと推測し、捜査を続ける模様です」

「あらまぁ、酷い母親がいたものね」
「自分の子供を刺してスッキリしたって……それに何回も刺したんでしょ? きっと痛くて苦しかったんだろうなぁ……可哀想」
「本当に、可哀想ねぇ」


 ─────少女は笑顔で花畑の上をクルクルと周る。

 『雲の上に来てみたけど……こんな綺麗な場所初めて見たなぁ。花畑の地平線が見えるなんて夢みたい!』

 そう言って、花畑に背中から飛び込む。ふわりと花弁が舞う。それを見てとても満足そうに笑った。

『私今、凄く幸せ!』

 少女の背中には、うっすらと羽が生えていた。彼女はきっと、この場所で幸せを堪能するのだろう。
 そしていつか────飛び立つのだろう。

12/27/2025, 3:36:31 PM

「凍てつく鏡」

 お母さんがくれた大切な鏡。私はそれを大事に大事に使ってきた。お母さんが私にくれた鏡以外は、全て捨てられてしまったから。
 シンプルだけど母の描いたイラストが裏にあるその手鏡を優しく撫でると、心が温まる。この寒い家での唯一の温かさだ。
 お母さんが交通事故で帰らぬ人となって、二年経つ。お父さんはすぐに新しい母を連れてきた。
 私は、その人が苦手だった。弟と父に接する態度と、私に接する態度があまりにも違うからだ。
 それでも、父や弟は母と仲良くしろと言う。私の居場所は、この家にはないと悟るには時間がかからなかった。
 私は部屋に引きこもりがちになった。学校には行っている。専業主婦の母がいる家にいたくなくて、帰りも門限ギリギリまで公園でブランコを漕いで時間を稼いでいる。
 帰ればすぐにシャワーを浴びて、そのまま母のいるリビングに行くことなく自室にこもる生活。
 洗濯などは一応してくれるのでそこで困ったことはない。多方、父や弟にバレないためにやっているのだろう。
 でもご飯だけは違う。見た目は一緒だ。だけれど、味がおかしいのだ。明らかに塩辛かったり、裏面が酷く焦げていたり、酸味が強かったりと、とにかく食べれたものじゃない。
 それでも食卓に座って少し食べる。毎回大半を残して自室に戻るので父に怒られるが聞こえないフリをして部屋にこもる。
 お腹がすいて眠れない。そんな日々を繰り返していた。
 ある日、家に帰ると自室の扉が開いていた。
 まさか、そんなはずは無い。そう思いながらも心臓はバクバクと音を立てる。
 焦燥感に駆られて部屋に飛び込む。
 そこには、割れた鏡と酷く笑顔の母がいた。
「あら、おかえりなさい」
 珍しく上機嫌なのは、きっと私の顔を見てニタニタと笑っているのだろう。近寄って、バラバラになった鏡の破片を見て膝から崩れ落ちる。
 心が冷えていく感覚がした。何かが壊れる音が聞こえたような気もする。
「さてと、そろそろお父さんが帰ってくるからお味噌汁温めないと」
 そう言ってこちらを見たあと、リビングへと歩き出す。
 私はそんなことを気にせず、破片に触れる。もうあの温かさは無く、ただ冷えきった鏡の破片に成り果ててしまっていた。
 ロウソクに灯った小さな炎に手をかざす様な温かさはなく、凍てつく氷のような冷たさを感じた。
 私は、大きめの破片を握りしめて、ボーッと眺める。
 そして─────

 ────気がついたら、床に倒れ込んでいた。
 首元から、温かいものが溢れ出してくる。その温かさを、私は知っている。
 交通事故にあったお母さんから溢れ出したものと同じで、大切な手鏡と同じ温かさ。
 その温かさに包まれながら、ゆっくり目を閉じる。
 目からも、温かいものが溢れ出してきた。

「お母……さん……に……会える……かなぁ……」

12/25/2025, 7:13:33 PM

「祈りを捧げて」

 クラスメイトは願う。学校に来ないでくれ、邪魔だ。目障り。お前は異常者だと。
 先生は願う。学校へ来い。問題を起こすな、と。
 母は願う。兄と同じように難関高校へ行けと。そしていいところに就職して老後の面倒を見ろと。
 父は願う。まともに学校にも行けないクズは早く家から出ていけと。
 兄は願う。出来損ないの弟が早くいなくなりますように、と。
 皆が願う。あの異常者は早く病院に入れろ、と。
 僕は目の前の神様に願う。今日寝たら、もう明日は来なくていい。早く連れて行ってくれ、と。
 神様は願う。こんな異常者、こちらには来ないでくれ、と。

 目の前の神様?は言う。
「大丈夫、すぐに桃源郷に行けるよ」

 ■様に祈る。甘い夢を見せてくれて下さい。覚めることのない、花々が咲き誇るあの場所へ、もう一度連れて行ってください。