暁 瑞稀

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「心の旅路」

 何を言っているか分からないだろうが、私の心はたまに旅をする。心というか、意識というか、体を置いていって色んな場所に行ったりするのだ。
 例えば今、母に怒られている時とか、急にふわりと浮いた感覚がして、自分を見下ろしているように見える。そうなったらあとは簡単。海が見たいと思えば目の前には月明かりがキラキラ反射している海辺に立っていたり、都会の綺麗な景色を見たいと思えば知らないビルの上で綺麗な夜景を眺めることができる。
 でもそれは長くは続かない。頬を叩かれたり、何か物を投げられたりと、何か衝撃が加わるとすぐに現実に戻ってきてしまう。
 気がつけば頬がじんじんと熱を持っていて、目の前には息を荒らげた母が恨みの目でこちらを見ていた。
「(嗚呼、戻ってきてしまった)」
 その後は旅に出ることなく罵詈雑言を聞き流していた。母が満足したのかそのままキッチンへと向かった。
 私は部屋に戻りベッドに潜る。
 どんなに頑張っても、旅に出ることはできない。諦めて目を瞑る。
 体がポカポカと暖まってきて、眠気が出てくる。ウトウトとしていると、部屋の扉が開く音がした。母が入ってきたようだ。
 その時、また自分を見下ろしていた。よく見てみると母の手には包丁が握られている。そしてそれを振りかぶって、母が振り下ろす。
 自分が刺されているのをボーッと眺める。私の体も、抵抗することなくただ刺されて抜かれる度に反動で動くだけ。白いベッドがどんどん紅に染まっていく。
 急に体がふわりと軽くなる。そこで浮いたまま体を動かせることに気がついた。前までは立ったまま動くことはできなかったのに。ただ場所を移動することしか出来なかったのに、今は自由に歩けるし飛ぶことができる。
 それに、どんなに衝撃を与えられても、心は戻っていない。
 毎日願っていた夢が叶ったんだ。これで好きに色んな場所に行けるし、綺麗な景色を眺めながら移動もできる。
「(やったぁ! これでやっと自由になれたんだ!)」
 そう思い私はまた綺麗な景色を見に、心を旅に向けるのだった。


 ────次の日、とある家庭の食事時

「では次のニュースです。女子中学生の娘を刃物で複数回刺し、殺害した疑いで、母親の○○容疑者が逮捕されました。容疑者は容疑を認めており、『産むんじゃなかったと、ずっと後悔していた。もう後悔はしていない。凄くスッキリした』と述べているそうです。近所の住民の証言では、毎日のように怒号が聞こえていた。たまに物を投げたような音がした。娘の○○ちゃんは、いつも笑顔で平気そうに○○(容疑者)さんの話をしていたので、通報できなかった。と、話しており、日頃からの虐待があったと推測し、捜査を続ける模様です」

「あらまぁ、酷い母親がいたものね」
「自分の子供を刺してスッキリしたって……それに何回も刺したんでしょ? きっと痛くて苦しかったんだろうなぁ……可哀想」
「本当に、可哀想ねぇ」


 ─────少女は笑顔で花畑の上をクルクルと周る。

 『雲の上に来てみたけど……こんな綺麗な場所初めて見たなぁ。花畑の地平線が見えるなんて夢みたい!』

 そう言って、花畑に背中から飛び込む。ふわりと花弁が舞う。それを見てとても満足そうに笑った。

『私今、凄く幸せ!』

 少女の背中には、うっすらと羽が生えていた。彼女はきっと、この場所で幸せを堪能するのだろう。
 そしていつか────飛び立つのだろう。

12/28/2025, 4:21:40 PM