暁 瑞稀

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「凍てつく鏡」

 お母さんがくれた大切な鏡。私はそれを大事に大事に使ってきた。お母さんが私にくれた鏡以外は、全て捨てられてしまったから。
 シンプルだけど母の描いたイラストが裏にあるその手鏡を優しく撫でると、心が温まる。この寒い家での唯一の温かさだ。
 お母さんが交通事故で帰らぬ人となって、二年経つ。お父さんはすぐに新しい母を連れてきた。
 私は、その人が苦手だった。弟と父に接する態度と、私に接する態度があまりにも違うからだ。
 それでも、父や弟は母と仲良くしろと言う。私の居場所は、この家にはないと悟るには時間がかからなかった。
 私は部屋に引きこもりがちになった。学校には行っている。専業主婦の母がいる家にいたくなくて、帰りも門限ギリギリまで公園でブランコを漕いで時間を稼いでいる。
 帰ればすぐにシャワーを浴びて、そのまま母のいるリビングに行くことなく自室にこもる生活。
 洗濯などは一応してくれるのでそこで困ったことはない。多方、父や弟にバレないためにやっているのだろう。
 でもご飯だけは違う。見た目は一緒だ。だけれど、味がおかしいのだ。明らかに塩辛かったり、裏面が酷く焦げていたり、酸味が強かったりと、とにかく食べれたものじゃない。
 それでも食卓に座って少し食べる。毎回大半を残して自室に戻るので父に怒られるが聞こえないフリをして部屋にこもる。
 お腹がすいて眠れない。そんな日々を繰り返していた。
 ある日、家に帰ると自室の扉が開いていた。
 まさか、そんなはずは無い。そう思いながらも心臓はバクバクと音を立てる。
 焦燥感に駆られて部屋に飛び込む。
 そこには、割れた鏡と酷く笑顔の母がいた。
「あら、おかえりなさい」
 珍しく上機嫌なのは、きっと私の顔を見てニタニタと笑っているのだろう。近寄って、バラバラになった鏡の破片を見て膝から崩れ落ちる。
 心が冷えていく感覚がした。何かが壊れる音が聞こえたような気もする。
「さてと、そろそろお父さんが帰ってくるからお味噌汁温めないと」
 そう言ってこちらを見たあと、リビングへと歩き出す。
 私はそんなことを気にせず、破片に触れる。もうあの温かさは無く、ただ冷えきった鏡の破片に成り果ててしまっていた。
 ロウソクに灯った小さな炎に手をかざす様な温かさはなく、凍てつく氷のような冷たさを感じた。
 私は、大きめの破片を握りしめて、ボーッと眺める。
 そして─────

 ────気がついたら、床に倒れ込んでいた。
 首元から、温かいものが溢れ出してくる。その温かさを、私は知っている。
 交通事故にあったお母さんから溢れ出したものと同じで、大切な手鏡と同じ温かさ。
 その温かさに包まれながら、ゆっくり目を閉じる。
 目からも、温かいものが溢れ出してきた。

「お母……さん……に……会える……かなぁ……」

12/27/2025, 3:36:31 PM