雪を待つ
久し振りに去年からつけている日記を遡ってみた。
日付に穴が空いている部分もあるけれど
どうやら今年の1月6日に雪が降ったらしい。
丁度、受験が終わって浮かれていたようで
高3にもなって雪うさぎの親子をせっせと作って
写真にも収めていた。
豪雪地帯に住んでいたら、こんなに悠長なことは
言っていられないのかもしれないけれど
降る年と降らない年がある地域に住んでいるからか
今年も降らないかなと心が浮き立ってしまう。
うっすらと屋根が白くなっているのを見ると
粉砂糖が振りかけられたみたいで嬉しくなる。
我が儘な私は、
降ったら降ったで寒いと言うのかもしれないけれど
きっとまた雪うさぎを作れるくらいには
雪が積もることを望むのだと思う。
逆さま
コウモリなどの動物を見ていると
頭が痛くならないのだろうかと
いつも疑問に思ってしまう。
あの子達には普通のことなんだろうけど
自分がやったら頭が痛くなる前に落ちてしまうだろうから。
当たり前のように思っていたけれど
考えてみるとそもそも逆さまになって生きられるように進化したことが不思議なことだと思った。
眠れないほど
夜は静謐な空気を纏っていて
誰もが寝静まったこの時間に魅了されたら
もう後戻りはできない。
明日何時に起きるかも気にしないで
好きなことに夢中になった。
私の場合、それは大抵はまってしまった小説で
慌ただしい時間にはできない
深夜の娯楽を満喫する。
きっとそれが明日の活力になるからと
言い訳しながら。
さよならは言わないで
その人は突然とても遠い所に引っ越してしまった。
ただ、また会える日を楽しみにしているとだけ
言い残して。
別れの言葉を使わなかったのは
残された私達への最後の思いやりだったのだろうか
だから私もその優しさに少しでも報いるために
その言葉の不確かさに蓋をして
いつかまた会えると信じて。
光と闇の狭間で
音が聞こえて窓から外を見てみると
音の原因は花火だった。
けれど、それは手前にある木々で
ほとんど隠れてしまっていた。
しかし全く見えない訳でもなく、
枝葉の隙間から漏れる光は
まるでイルミネーションのように淡く輝く。
光と闇の境目は
はっきりしているものだと思っていたけれど、
ぼんやりとしていたり、
グラデーションのように薄まっていったり、
曖昧なことも多いのかもしれない。