薄くファンデーションを塗って、淡い口紅を付け、髪を整える。鏡に写るのは完全な僕。思春期の荒れた肌を、唇を感じさせないような見目の僕だ。他の同級生よりも、小綺麗だ。シワを伸ばした制服に袖を通し、今日も学校に向かう。朝食は取らない。どうせ無駄になるから。
教室の扉を開くと、十数もの目が僕を向いた。水を打ったように、そして何も無かったように目を背ける。皆は完全な僕わ目に写そうとしない。いつものことだ。寂しさを胸に席へ行くと机には悪口、椅子に画鋲が撒かれている。多分、油性だ。当分落ちない。周りからクスクスという笑い声が聞こえる。気まずくて、いたたまれなくて、教室から逃げ出した。走って、走って、トイレに駆け込む。朝食を取らなくて正解だった。どうせ、吐き出してしまうのだから。あぁ、完全な僕が台無しだ。
不快感を負いながら、手洗い場で顔を濯ぐ。鏡を見ると、そこには化けの皮が剥がされた僕……不完全な僕が、いた。
不完全な僕
「キッツ……」
臭う。強烈な花の匂い。ハッとして、思わず出た悪態を急いで飲み込んだ。居間で寝転ぶ母から香るものだ。そうに決まっている。こんな悪態を聞けば、直ぐにでも頬を張りにくるだろう。だが幸い、母は寝息を立てていた。派手な服を着たまま、派手な化粧を落とさないまま。
母は美しい。少々、毒々しい見目と態度だが。同年代の女性に比べたら美人である。もっとも、周囲の比較対象の女性達は第一子を授かり、産んだ直後であることが多い。慣れぬ育児に翻弄され、自身の見目を気遣う余裕のない人々だ。そのような人々と、見目に全神経を注いでいるような女では土俵が違う。
「……ただいま、母さん」
返るはずもない返事を期待して、声をかけた。部屋に充満する、この匂いは嫌いだ。多分、大人になっても嫌いなままなのだろう。
だが、母に成り得ぬ女の芳香を、いつか私も身に纏うだろう。霧中の未来であれ、それだけは確かだ。