「キッツ……」
臭う。強烈な花の匂い。ハッとして、思わず出た悪態を急いで飲み込んだ。居間で寝転ぶ母から香るものだ。そうに決まっている。こんな悪態を聞けば、直ぐにでも頬を張りにくるだろう。だが幸い、母は寝息を立てていた。派手な服を着たまま、派手な化粧を落とさないまま。
母は美しい。少々、毒々しい見目と態度だが。同年代の女性に比べたら美人である。もっとも、周囲の比較対象の女性達は第一子を授かり、産んだ直後であることが多い。慣れぬ育児に翻弄され、自身の見目を気遣う余裕のない人々だ。そのような人々と、見目に全神経を注いでいるような女では土俵が違う。
「……ただいま、母さん」
返るはずもない返事を期待して、声をかけた。部屋に充満する、この匂いは嫌いだ。多分、大人になっても嫌いなままなのだろう。
だが、母に成り得ぬ女の芳香を、いつか私も身に纏うだろう。霧中の未来であれ、それだけは確かだ。
8/30/2024, 5:08:15 PM