「ねえねえ、人魚姫の絵本、おぼえてる?」
八月上旬の教室。何故だか知らないが、他の学校より夏休みが遅いせいで、私──リカと、友人のカイリは、この蒸し暑い通学路を歩かされていた。
「人魚姫?」
「そうそう。私たちさ、一緒に小学校で飽きるほど読んでたじゃん?」
「あ〜、言われてみれば……」
王子に恋をした可愛らしい人魚姫。
海の魔女と取引をして声を失い足を手に入れた彼女。
「あれ、最後はどうなったんだっけ。」
カイリに聞かれて考えてみても、
……思い出せない。
「思い出せないわ…あんな何回も読んだのになあ」
「リカも?私もなんだよね」
カイリは笑いながらこちらを見ると、ふと呟いた。
「ね、結末。考えてみない?」
その瞬間、波の音が聞こえた。
辺りは蒸し暑い通学路なんかじゃなくて、冷たくてどこまでも続く海。
「カイリ?」
「リカ。」
カイリがこちらを見つめている。だけど彼女の目線は
とても低い。カイリは座り込んでいる。
彼女の足は、光に照らされてキラキラ輝く鱗に覆われている。いや、足じゃない!
あれは……尾だ。
「びっくりした?」
「……。」
びっくりした。…びっくりした。開いた口が塞がらない。
「もう、リカが突然私の歌が聴きたいって言うから歌ってあげたのにさ〜!」
「…カイリ?」
「うん、カイリだよ。人魚の歌にはげんかくさーよーがあるって知ってたでしょ?」
「あ〜……」
思い出した。
───────
私は貴方と泡になりたい。
夏の香りなんてものはもう最近は感じなくて、
ただただ蒸し暑いこの夏も、もう気がつけば8月だ。
お盆の時期か近づくし、君はこの謎の虫が鳴いている田舎に帰省するのかな。それとも何でも揃っている東京に居たままなのかな。
君は優しいから、私が一言「会いたい」って連絡すれば、きっと長い長い電車とタクシーを乗り継いでここに帰ってきてくれる。今までだってそうだった。
だけど、なんだか連絡したくない。胸の当たりがモヤモヤして、外は快晴だっていうのに、私の心の中は曇りすぎている。
連絡しないことだって選べる。
ああ、だけど、
8月、君に会いたい。
「遠くへ行きたいな」
白い清潔なシーツの上で、沢山の点滴に繋がれる友は、ポつりとそう呟いた。
「遠くへ、って……」
もうそんなこと耐えられる身体じゃないだろう、と言いきる前に、友は「わかってるさ」とそっぽを向いた。
「最後は笑って死にてえな。そしたらさ、今までのぜーんぶのこと、良かったって思えるかもだろ?」
いつも明るくて、周りの人を放っておけない彼は、道に飛び出した子供を庇って─────
……笑顔だった。あの人の顔。
最後の声は聞けなかったけど、多分、笑い声だったんだろうなぁ。
酸素吸って生きてる
無駄吸い