何もいらない4/21
「何もいらない」
この言葉は、どうしても綺麗事で固めた建前に思えてしまうけれど。
富も名誉も家族も全て捨てて、旅に出た時が、人間、1番気楽なのでしょう。
「何もいらない」
前文を読むと、その意味がきっと違って聞こえる。
もしも未来を見れるなら4/20
「そこのお嬢さん。ちょっと未来を見てみんかい?」
下校中、怪しげな少女に声をかけられた。
だが、纏う空気と喋り方は、どうも少女のものとは思えない。
普段ならそこで素通りするだろう。だが、立ち止まってしまった。
「五分につき、寿命一日で見せてあげるよ。いい話だろう?」
私は迷った。
見てみたい。喉から手が出そうだ。
好きな人と付き合えた?
ちゃんと夢を叶えている?
もしかしたら、宝くじや万馬券の番号も見れるかもしれない。
「買います」
と言いかけた喉を抑え、考える。
いや、ここで寿命を売ったら、死ぬとき、とても後悔するだろう。それだけは嫌だ。
「未来を失ってまで、見たい未来はありません。」
未来は、わからないから未来なのだ。
私は、迷わず歩き出す。
一秒先も、分からぬ未来へ。
桜散る4/18
桜が今年も例に漏れず、はらりはらりと散ってゆく。
それはどこまでも儚いけれど、咲いている時よりもずっと美しいのかもしれない。
『終わりあるから美しい』
なんて、綺麗事だと思う。
だって皆、自分の終わりが来たら、本能か本望か、生きたいと望むのではなかろうか。
桜の花弁はいい。
なぜなら、人と違って、終わる時まで、美しいのだから。
神様へ
いつもありがとうございます。
ですが、今回は、物申したい事がいくつかあります。
まず、なぜ、仕事ができる人の方が苦労するのですか?
なぜ、大人は、夢を持ちなさいと言うのに、夢が叶わなかった時のことは、微塵も話してくれないのですか?
なぜ、苦労していない人の方が、ずっと運がいいのですか?
是非教えて下さい。お願いします。
遠くの空へ4/13
願い事が叶うならば、翼が欲しい。
悲しみのない自由な空へ翼はためかせ、行きたい。
どこかで聞いたこともあるフレーズだが、実際そうかもしれないと思う。
空は、どこまでも広く、どこまでも青い。
どうしても、自由を感じさせる色をしている。
キョクアジサシという鳥は、北極から南極までを、自力で渡る。
それまでに、空の、怖さも美しさも、嫌なほど知るだろう。
それでも私は、キョクアジサシになりたい。
どこまでも広く、どこまでも青く、どこまでも自由な、空が見たいから。