俺にとってこの世界は無色だ。
白と黒で構成された無機質な世界。
人々の笑いは耳鳴りに変わり、人々の悲鳴は心地よいサウンドに変わる。
変わり映えのない、つまらない世界。
この世界に色がついた瞬間が一つだけあった。
ダングラールとヴィルフォール、そしてフェルナン。あいつらの顔が歪む所を見たとき、私の視界は色鮮やかに変化した。
あいつらに復讐する。
そう決意した瞬間だった。
殺すことなく、
俺が請け負った全ての苦痛を味わうまで、
絶望と恐怖のどん底に突き落とすまで。
俺が色鮮やかな世界で暮らせる様に。
しかし…
私の目に映った世界は色鮮やかな世界とはかけ離れた世界だった。
じっとりと赤黒く、汚い、目も当てられない世界。
ダングラールとヴィルフォール。
二人の手に握られた刃には、
誰のものだろう
ドス黒い命の液体がべっとりついている。
目の前の弟もまた、
ドス黒い液体に塗れて蠢いている。
弟が手を伸ばしている。
「にいさん…にいさん…」
と蚊の鳴く様な声で呟いている。
何故だ、何故だ。
この復讐で私にも色のついた世界が見られるはずだった。
だが私の目に映ったのは、一色だけだった。
挙げ句の果てには弟の命さえも奪っていってしまった。
私は…俺は一体なにを見ていたんだ?
俺は…何の為に色を追い求めていたんだ?
分からない…分からない…
分からない
……
参考
A・デュマ「モンテ・クリスト伯」
ナゴヤ座「GANKUTSU-O〜復讐の鎮魂歌〜」
より
神様へ
あの人と付き合わせてなんて申しません
あの人と話す機会が欲しいなんて申しません
ただ、見守っていてください
それであの人と少しでも目を合わせられたあかつきには
褒美として
あの人の笑顔をください
本日は晴天なり
私の心も快晴なり
貴方といれば快晴なり
雨降る吉原。三浦屋の張見世には、着物の裾を露で濡らす艶めかしい遊女達が、街行く殿方を待つ。
店の2階からは、雨粒の後ろに隠れながら、男女の時を過ごす声音があちらこちらで聞こえる。
店奥に一人佇む麗しい花魁。
揚巻太夫は、部屋の格子窓から外を覗いた。
遊郭の明かりに照らされ、雨雲は赤く染まった。
「あの人の目そっくり」
揚巻は、愛しの助六を想った。
彼のその、赤く沸る火を灯した目に揚巻は惚れたのだ。
「遅いねぇ…。…助六さん…」
今日もまた、店前には陰見世の札が掛かっている。
助六が買ったのだ。今宵の彼女を、
待ちくたびれた揚巻は、ゆっくりと床に伏せてみた。
少しして、階段の軋む音がした。
店の人じゃない。強い足音。雑踏の中でも一際聞こえた。
襖が開いて人の影が鮮明に見えた。
そこにいたのは、全身ずぶ濡れの助六であった、
「待ちくたびれたでありんす…」
水も滴る良い男とはこの男の事を言うのだろう。
顔も着物もじっとり濡れていた。
普段は傘を差してくるのに。
喧嘩の帰りだろうか。
傷ひとつない顔、されどくたびれた様子なのはすぐに見て分かる。
「すまないね」
助六の目は、まだ赤い火が燻って見えた。
「手拭いを」
「ありがとう」
「今日はどちらへ?」
「東門に輩が固まってたんで、懲らしめてきた」
「そうでありんすか…」
助六は着物を一枚格子窓に掛けると、揚巻の前に座った。
「お前の眼は綺麗だ。見つめていると、さっきまでの熱が冷めて疲れも癒えていくようだ」
「それなら、わっちも」
刹那、揚巻は助六の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「助六さんのその眼…。喧嘩の時の赤く沸る目も、輩を煽る時の幼い目も、私を見据えてくれる男らしい目も…全部好きだわえ」
「いつにも増して強気だな」
「遅れて来た罰でありんす。覚悟はよろしいか?」
「望むところだ」
雨降る吉原、三浦屋の店奥では、ずぶ濡れの色男と殿方の海に溺れる花魁の物語が始まった。
…
めっちゃミスった。
語り合いながら呑んだ酒も
バカやって怒られた日のあのネタも
気の向くままに旅した道も
二人で肩組んで戦に励んだ日の空も
友に会えなくなった時の寂しさも
友に再会できた時の嬉しさも
大切な人に刃を向ける絶望も
復讐の炎を燃やし続けた瞳も
主の為、敵を討ち取り突き上げた拳も
桜を見上げてみんなで笑ったあの時間も
この10年が
この全てが
俺たちの
皆んなの
大切なもの
参考
カブキカフェナゴヤ座名古屋山三郎一座
10周年の軌跡