/怖がり
怖がりさん、
母はわたしをそう呼ぶのだった。
いつも彼女のあとを歩き、
背中に隠れているわたしのことを。
怖がりさん、いらっしゃい
そう呼ばれると安心して笑った。
わたしは母に、完全に守られているのだった。
怖がりさん……
わたしは怖がりのままでも大きくなり
いつのまにか好きな人を見つけ
その人にくっついて遠い町に来たけれど、
たまに母と会ってあのやさしい声を聞くと
母のうしろに隠れてみたくなる。
わたしを優しくとじこめていた、
今やわたしよりも小さなあの背中に。
/星が溢れる
ほのかなすきまかぜがむねに
しのびこむよふけ
がまんできなくて
あなたにとうめいのでんわをかける
(もしもし。こんばんは。)
ふれられなくても
れんらくがなくても
てがみはまだもっているよ
ひきだしのそこに
とおくへいきたいな わたしも
(もしもし。こんにちは。おやすみなさい。)
みはらしのいい
にじゅういっかいのまどべから
みつめている
ちへいせんにとうめいの糸をたらして
(もしもし。ほしがきれいです。)
るるるる るるるる……
/安らかな瞳
やわらかいひかりが
すがたをつつんで
らくになれたよ、と
かすかにつぶやいた
なみだはまだでない
ひめたかなしみは
とまどいににている
みんなこのみちをとおるのだと
しっていても
/ずっと隣で
けんかもしたし
嫌なこと言ったし
嫌なこと言われもしたし
嫌なことばかり先に思い出す
棘はわかりやすい形をしているから
その下にクッションみたく
しずかに積み上がった楽しい時間があるのに
やさしいもの
形の不確かな
おだやかな空気は
思い出すのに時間がかかる
いつもなにか
言ってしまってから気づく
許してくれて
隣にいて いさせてくれて
……ありがと
/もっと知りたい
苦手なことがたくさんある
いやな人じゃないと知ってても
苦手な人がたくさんいる
ずうっとずうっと避けてきて
知らないからだ、と気がつく
知らないのはこわい
こわいから、見ないようにして
がんばって目をそらして
知らないままにして
少し知った
少しこわくなくなる
頭の中の地図がまっくろだと
どこにも行けない
好きにならなければ、じゃなくて
どこかに行きたいから
私は目をひらいて「知らない」を知る