/過ぎ去った日々
父親が夢に出てくる
いつもしてたように、居間の椅子にもたれて
よく着てた服装で
テレビ見ながらのんびり話す
あんまりよく出てくるので
父がいるのが普通になった
いないことはもう当たり前だけど
いるのが当たり前、の時間のほうが
長かったので
私の心はときどき
そこへ戻っていくらしい
引っ越してすぐの頃は、
ぼんやりしてると「前の家」に
帰りそうになるでしょう
そうそう、
それと同じに
/月夜
今夜のアプリのお題なにかな、と
楽しみに見たら
「月夜」とあって、
歩きながら
お月さまか……と見上げた
シャンパン色のお月さまが出てて
おっ 満月
えっ もしかして
満月だからあのお題?
わあ、『書いて』さんありがとう!
と
にこにこ帰ってきた
なぜかとてもうれしかったな
書いててよかったなあ、て思った
/絆
わたしの右腕に傷がある
あの子の左腕にも傷がある
ようちえんのとき ふたりで歩いてたら
自転車にぶつけられてできた傷
その傷の高さが
ぴったり合うね、と
腕をならべて帰った小学校
バレー部に入ったあの子のほうが
背が伸びてった中学校
進路がわかれ
大学出てから会ったあの子は
背の高い身体を少し丸めて
儚い笑みを浮かべていた
元気な子だったはずだった
げんきだった? と訊く
げんき。すこしね。
すこし?
ははは。
静かなカフェでお茶を飲んだ
あたりさわりない話から昔話して
彼女の笑みが色づいていく
ねえ覚えてる? ここ
彼女が自分の腕に触れる
うん、覚えてる。
わたしも服の上から、自分のを押さえる
なにか楽しいことしようよ
どこか楽しいところいこう
わたしたちは計画をたてる
思い出していく おなじように小首をかたむける癖
そっくりのくすくす笑い
これからピクニックに出かける
見かけのちがうふたごみたいに──
/たまには
はりきって恥をかいた日だった。
お風呂の中で
たまにはいいか、と息を吐いた。
ずうっと、人と接していなくて
うまい話し方を忘れている。
こんなに難しかったかな。
いや、難しかったな。前から。
過去の裾をひいているから
大人になるほど傷つきやすい。
大人になってよかったことは……
私が恥をかいた隣で
そつなく振る舞ったあの人も
こんなふうによく落ちこむし
こんなふうに孤独だと、
──知らないのに──もうわかっていること。
それらのことによく救われる。
大人になると決まった道を毎日歩く。
救急箱をひとつ持っているから、
たまに寄り道して転んでも
たまならいいか、と思えるようになった。
/ひなまつり
ひなまつり ひなまつり ひいなまつり
少しおめかしして お母さんに連れられてった
仲良しのあきちゃんの家
知ってる靴が三和土(たたき)にならんでて、家の奥からもう笑い声がしてた
あんたたち三人官女やね、
と、あきちゃんのお母さんが言い
かおりちゃんのお母さんが
うちら三婆やわ、と言い
うちのお母さんはけらけら笑ってた
あきちゃんはかっこいい長い道具持ってる官女
かおりちゃんは真ん中でおっとり座ってる
わたしはやかんみたいなの持ってる官女
お酒注ぐ道具らしいけど
あきちゃんが引っ越し
かおりちゃんは入院し
三人で過ごしたひなまつりは
思えば二、三年だったのに
毎年三月は思い出す
わたしたちは人形見るのもすぐ飽きて、
ケーキを食べたらいつも通りあきちゃんの部屋で遊んでた
台所ではお母さんたちがお酒飲んでめちゃめちゃ笑い転げてて
女のまつりなんよ、と言ってたけど
大人になったあともあんなまつりにはまだ会えてない