“いのち”と呼ばれものを授かってから今まで、一度も“ひかり”と言われるものを見た事がない。
“いろ”というものも知らないし、会話する相手の“かお”というものも分からない。
ただそれらには種類があって、個性があるらしいと聞いた。
個性については理解している。対話を重ねればそれは見えなくても得られる情報だ。
生憎“かお”の個性は全く微塵も認識出来ないが、その人格の個性は認知できる。
「リリオ、先にいくね」
友人の震えた声が離れていく。
今日はそれほど寒くないのに、どうした事だろうか。
そういえば最近、風邪が流行っているという。
心優しい友人も感染してしまったのかもしれない。
「風邪、早く治るといいね」
返事はない。
遠くからグシャリと果物が潰れるような音がした。
視界の端に何かが映る。
初めて見えたそれは、とても綺麗な——。
「ねぇ、もしかして……アレが“ひかり”?」
背後にいるであろうクラスメイトに声をかけると、クスクスと忍び笑いを漏らした何人かが近づいてきて。
「アレは“いのち”だよ。すぐに消えちゃうから、もっと近くで見てごらん」
背中を押されて足を踏み出す。
そこに地面の感触は。
少しずつ欠けていく想いを、留めておかなければ。
朝、目が覚めたその時。
夢の内容を覚えていることがある。
楽しい夢や悲しい夢、白と黒の濃淡だけで表現された世界、或いは色彩に溢れた景色。
思い出したくもないものから、ずっと心に留めておきたいものまで。
記憶は常に曖昧なもので、特に夢に関してはその日のうちに消えてしまうことが多い。
だから夢の出来事を綴る、『夢日記』をつける。
そうするとこんないい夢が、こんな悪い夢が、そう振り返れるようになる。
中には早死にするという人もいるけれど、私には関係ない。
私の命は永いとは思えないから。
それなら私は、私の人生を豊かにするものの一つとして書き残したい。
もちろん、悪い夢は捨ててしまうけれど。
楽しい事は特に記憶から失われやすいから、文字に変換して記録しておきたい。
夢が失われる前に。
夢から完全に醒めてしまう前に。
なんて、ね。