届かない響き
…カランッ
テーブルに置いたグラスの氷が溶けたようだ
多分夜中に2杯くらい飲んでそのまま寝たんだった
気持ち的にはどうってことないつもりだけど疲れてるみたいだ
首周りが痛む
カーテンの隙間から光が入るから朝らしい
ふとライターを取り出す
昔タバコも吸わないのに何故かもらったライター
いらないって断っても押し切られ手元にある
中のフェルトが赤く1〜2年くらいしか製造されてないらしい
まあプレゼントとか興味もなく趣味もないから
たまにはとあげたい物が見当たらなかったと推測してた
ステンレス製や高級なガスライターと違って
鈍い音を立てて火を着ける
そのまま部屋の隅のテーブルの蝋燭に火を灯す
− ショッピングモールの駐車場
車の中の僕ら
妻は後部座席で子どもをジュニアシートに乗せる
いつもの笑い声
買ってもらったオモチャで帰ってから遊ぶんだとはしゃぐ子ども
いつもの車内なのに車体と視界が歪む
一瞬映像が途切れた
額が赤く染まる
ハンドルでぶつけたみたいだ
後部座席の二人は気絶している
事態が掴めない
後ろから車が来る
再度衝撃が走る
どうにかしたいのにこちらの車はエンジンが始動できない
ベルトも外れない
二人だけでも助けたいのに
後ろの車はバックと前進を2度繰り返した
ハンドルに頭部を何度もぶつけ気絶してた自分は
病室で目覚めた
後部座席の二人は助からなかった
突っ込んできた車は年寄りで
ニュースではミサイルだの老害だのと言われていた
そんなことはどうでもいい
…俺がお前に何かしたか?
− 蝋燭の揺らぎを眺めながら思い出していた
家の中は色を失い
笑い声も大切な人たちの自分を呼ぶ声をも失った
もう涙も出ない
グラスに氷とアルコールを足す
カーテンの隙間からは光が入る
家鳴りしか響かないこの部屋で
視界を歪めては眠りにつく
夢の中でしか声も手も届かない
霜
…ん?
目の前には見慣れた床が広がる
そうだ
寒すぎて炬燵で寝たんだった
昨夜はかなり冷え込んでたから
暖まってるうちにウトウト寝てしまってたな
目覚ましがてら家の前でも確認するか
俺は徐ろに起きて
寝起きでフラつきながら玄関へ向かう
生まれつきだらしない性分で戸は自分が出入りできるだけしか開けない
…ガララ
アルミ製の昔ながらの戸を開けて表へ出る
近所の扉は押したり引いたりするタイプで重くて敵わないが
うちの戸は軽く開けられる
それにしても視界に入る雑草が白っぽい
吐かれた息と同じ色をしている
辺りを見渡しながら足を一歩前に出した
ガシャッ
音と同時に強烈な冷たさが足の裏に伝わる
…何だ?
俺の全身の毛が逆立ち後ろに飛び跳ねてしまった
土が盛り上がって変な隙間が空いてる
そう考えていると両脇に何か入ってきた
そのまま抱えられクルッと向きを変えられると
また逃げようとしたなー?
霜が降りたおかげで探す手間が省けたよ
全く油断ならないなぁ
こいつは同居人
俺の機嫌を取るために存在している
もう逃げちゃダメだぞ〜
わかった〜?
…ニャオ
とりあえず返事だけする
旅の計画は頓挫したから炬燵で寝直すか
呼吸
僕はここにいる
冷えてきた風は勢いをつけて家を軋ませ
季節が四季の最後に向かうことを告げた
吸い込まれる冷たい気体は呼吸器官で温められ
口の中が淡い結露を纏った