転勤してきてから早4年
暮らしやすいと言われる地方都市
土地や人柄にはだいぶ慣れた
仕事は順調だ
人付き合いもそれなり
好きだと言ってくれるひととも徐々に距離を詰めてるところだ
仕事に追われながらも自炊で健康的な食生活
いまの仕事はそこそこ長いし
それなりの信頼も得ている
お客さんのためにできることや、自分のキャパシティを増やすことなんかにも積極的に取り組んでる
1DKに自然とできた生活動線をせかせかと這いまわりながらも、時折り映画や本なども楽しめるようなそれなりに充実した日々
引越し屋の未開封の段ボールは目に入らないようにしている
特に不満もない生活
それでもふと、ぽっと何か足りない気になることもある
ーそういえば、ゲームのグッズどこやったっけな?あるとしたらあの箱か…
考えかけて、家事に戻った
転勤が決まったとき、私は趣味をやめた
趣味と言うほど高尚なものでもないか
いわゆるソシャゲだ
当然ネットがあればどこでもできるわけだが
転勤を機にやめた
ファンタジー世界での冒険や闘い
ゲーム画面の中でしか知らない仲間たちとの語らい
有体なものだが、当時の私には大切な時間だった
イベント開催に合わせて仕事の時間を調整したりもするほどのめり込んでた
年齢も立場もバラバラで個性的な面々と、隙間がないほどの時間を過ごした場所だ
毎日当たり前のように誰かしらは集まっていたが、互いの生活には干渉しない暗黙のルールがあった
ギルドマスターが比較的秘密主義であったためだろう
私はメンバーのケアを請け負うサブマスターだったから個人的な相談も多く扱ったが、そのルール故に居心地が良かったメンバーも多かったと思っている
ーみんな元気かな
一度だけ、仲間の内のひとりと会ったことがある
所属ギルドのマスターである彼は基本的に頑固だった
一度組んだ戦略を覆すことはほとんどないプレイスタイルで、負けるときは潔く負けて自らを道化にしてみんなを盛り立てたり
他のギルドとトラブルにならぬようルール整備に手は尽くしながらも、いざと言うときはメンバーを守る姿勢を貫くひとだった
彼が首都圏から1000km以上も離れたところに住んでいたため、開催の要望はあれどオフ会なんて夢のまた夢と思っていたところ
彼が旧友に会うため上京してくるということで急遽予定を組んだのだが、呼ばれていたのは私だけだった
嫌な気はしなかった
4年もの間、毎日会話をし同じ作業をしてきたひとだ
尊敬もし、支えてきたという自負もあった
顔も知らない同士だが、待ち合わせ場所に来た彼をみてすぐにこのひとだとわかった
いつも通り何ということもない会話をしながら、行き当たりばったりで海へ来た
時折り訪れる沈黙も怖くはなかった
「ほら、これ」
波打ち際から拾い上げたものを彼が私に手渡す
海の色を映したような水色
角が取れて柔らかなラインを描く綺麗なシーグラス
これ以上今日の記念に相応しいものはないと思いながら見つめていた
「俺、お見合いすることになったんだ、今時信じられる?」
まだ湿ったままのざらざらとした表面を撫でると小さな砂粒がぽろぽろと取れて落ちた
「そうなんだ!それじゃやっと彼女なし卒業じゃん!」
私たちはケラケラ笑いながら帰路に着いた
ー明日のお弁当なんにしよ
段ボールはまだ開けていない
◆誰よりも、ずっと
2024.04.10 青
一風変わった…というか
世間にいまいち認知されていない仕事がある
ある意味技術者
ある意味ではアーティスト
だが周りの認識は、いくらでも代わりのきく使い捨て作業員だ
〜未完〜
【終点】
楽曲制作に取り掛かる
正確にはもう取り掛かって久しくて、頭はねじ切れてる
—あれー?なんだかなー…イメージが曖昧なんだよな…
アートってのは降りてくるもんだから無理してやっても仕方ない
そんな言い訳も効かないところまで納期が迫ってきてしまってる
スランプってやつ?
悩んだ末に一応骨格はできた
あとはシーンにどう対応するかなんだが
—反響を入れてみるか
編成はこちらの方がニーズに合うか?
いや、そもそもここは速度感がほしいのかな…
ホントはこっちがカッコいいんだけど、また文句言われそうだしなー
あーダメだ
もう無理休憩
そういえばこないだ、友だちに誘われて行った飲み会で関連会社のおもしろいやつがいたな
腹も減ったしちょっと連絡してみるか
「つき合わせて悪い」
「かまわんよ」
「最近どうよ?」
「あぁ、俺クビ」
「はぁ?唐突だなw」
「まぁな〜、なんか取引先怒らせちゃって。でもおかげでいまは悠々自適よ」
「それもいいな〜」
「んで?」
「あぁ…ちょっとな。いま作ってるのがまとまらん」
「あー、まとめるの?」
「え?」
「いやー、なんかつまんなさそーだから」
「あーまぁ、仕事だし?」
「いつもつまんねーの?」
「んなことはないけどさ」
「だよなー、こないだ別の聴かしてもらったのいい感じだったし。考えすぎじゃね」
「そうかもなぁ…。悪いな、そっちも大変なのにこんな話」
「いやいやまったくもってかまわんよ。けどなー、なんか違うわー。じゃーさー、お前も辞めちゃえばwとりあえず飲もうぜ」
—なんでそう気楽なんだよ…
気づいたら始発の時間だ
ちと飲みすぎたな
「おい起きろー」
「ねみぃー…って、お、不死鳥やん」
「なんそれw」
「いや、顔戻ってるw」
「マジかー」
つい慌てて緩んだ表情筋を押さえる
けど、なんで取り繕う必要がある?
つか、なんも具体的な話なんかしてねーのにスッキリしたな
「まぁさー、お前がんばりすぎ。ありの〜ままの〜♪ってメロディーにしたら?w」
「無理だろw」
「ま、また近いうちに奢られてやるよw」
「なんでだよw」
やべー、納期まであと3時間とかw
仕方ない、帰ったらあのまま納品しとくか
結局のところカッケーやつがカッケーのよ
ダメだったとき考えよ
【上手くいかなくたっていい】
両親は躾には厳しかったが
第一子の私を大層可愛がってくれた
母方の従兄弟たちの中でも一番に生まれたので
祖母の愛も一心に受けた
どこかへ出かけるにも、中心はいつも私
容姿にも恵まれてどこへ行っても楽しいことしかない
そのまま成人した
異性も思うがまま
ただ私は気づいていた
他者の評価だけで生きてきた私には
自分がどこにあるのかわからない
この先老いていって
私は両親や祖母のようにあれるのだろうか
私は誰も愛せない
【蝶よ花よ】
-最初から決まってた-
うちの数軒隣には、小さな神社がある
いわゆる氏神様とか地の神様とかいうものかもよくわからないが、最低限のお社に小さな境内
それでも鳥居の横には小さな手水舎もある
とはいえそれだけのことで、普段なんとなしに通り過ぎてしまう
ここしばらく仕事が多忙で、夜は寝に帰るだけの生活
多忙と言っても、イヤな先輩がわざと夕方に作業を振ってくるために残業ができるだけなのだが、そのような悪意を今まで経験したことがない私は対応しあぐねていた
そんな毎日の繰り返し
相変わらず暗い道で神社を振り返ることもないし、ぼーっとした朝も同じに通り過ぎるだけ
特に参拝者も無さそうな神社に気を止めることはない
だがついに食事もままならなくなり精神を病み、このむせかえるほどの暑さによる寝苦しさもあって最近夜はうまく寝付けない
朝も起きられ無くなってきてしまった
—転職、しようかなっていうか、とりあえず辞めたい
そんなことが頭をよぎるだけの、珍しくもない社会人になった
ぼーっとした頭で生活しだして数ヶ月めのある朝
明け方やっとうつらうつらしたばかりで起き上がれないでいる私の耳に、子どもたちの笑い声が飛び込んできた
—ぇっ!?寝過ごした!!?
じわりと背中に冷や汗が滲むがそれでもまだ起き上がれない
—ぁー…もう…いいや
そう思ったとき、
「あーたーらしーいーあーさがきたっ
きーぼーおのっ あーさーだっ」
—!?
「まてまてまてまてっ」
なぜかひとりでツッコミを入れてしまった
「まずは手をあげて、背伸びの運動からっ」
「いやいやいやいやっ!」
ツッコミのおかげで起き上がれた…だとぅ?
そうか…夏休みか…いーなー子どもは
でもこんな時間からラジオ体操とかって、集団に飲まれて大変ね
嫌な子もいるだろうしやめちゃえばいいのに
ま、子どもじゃ、そんなこと考える頭もないかぁ
1週間後、私は神社にいた
「おねえちゃんおはよう!」
「おはよっ」
一見地味に見えるこの運動は、身体中あちこちの筋を刺激してくれる
運動不足で鈍った体に必要な動きが揃っていることを実感する
意識しないとうまくできないでいた呼吸もできるようになった
—あぁ、空気がおいしいっ
朝からジワジワと迫る蝉と太陽
木陰は濃い緑と黒のコントラスト
笑顔で挨拶を交わすひとたち
私は3週間後の退職にワクワクしながら、先輩の顔を見つめ返すこともできるようになった
—簡単なことだった、自分の中に答えがあったんだ
シャワーをして制服に身を包む
神社に会釈をしながら
今日も私は仕事に向かった