なんでもない日に
白いフランス窓から射し込む陽を浴びて会話をするのが好きだった
珍しい両開きの窓があるこの一室で
いまは夜の空を眺めている
下の方は生活灯で白んでいるが
真上は濃紺のこの空を
チカチカと光る点が過ぎっていった
ふたりでこだわって探したキャメルカラーの文机に置かれたチケットを見ないよう、力を入れて枕を抱きしめた
白いシーツの張りのあるストライプの織りを指でなぞる
私はここに居たいの、ごめんね
広くなった部屋を、明日私は白いペンキで塗り替える
-愛があればなんでもできる?-20240517 青
カンカンッギャリリリッ
昨夜の雨も上がって
わざとらしいくらいの青空に工事の音が響く
新しく駅ができたこのあたりは新興の街で
変に高いマンションと更地の隙間にところどころ公園みたいなものがある
明るい緑をたたえる同じかたちをした樹たちはレンガの下にきちんと根を張れているのだろうか
まだ白い光から彼らが作ってくれる影を享受するベンチで
マンション群から吐き出されてくるひとたちが駅に吸い込まれていくのをひとしきり見届けた
俺が育った街
でも見慣れない街
幼い頃、隣に住んでた幼馴染みはおばあちゃんっ子で2つ結びが可愛い子だった
区画整理で大枚を積まれ散り散りになったこと自体は仕方ないと思う
いまも時折、あの子が何をしてるかななんて思うのは
一種のノスタルジーでしかないから
あの子のいなくなった街で
俺は赤い日差しの中、駅から吐き出されていくひとびとを見てる
-初恋の日- 2024.05.08青
単線のパンタグラフが火花を散らしながら追い越していった
大きくカーブしながら遠のいてゆくランプに目をやると
不規則な建物が狭苦しそうに折り重なって増え
やがてランプを飲み込んでゆくのが見えた
枕木の軋む音が遠ざかるのとは反対に
油塗れの換気口からのすえた臭いと
ネオンのチリチリとした音が増えていく
金網の傍に生えていたエノコロ草を抜いてみる
青臭さが手に染みついたままいくばくか歩いた
少し先に空の色を写したような黒揚羽が湿気て重そうな翅でよろよろと飛ぶのが見えた
その翅はやがて金網に止まり動かなくなった
近寄ると蜘蛛の巣があるのがわかった
さっきまで見えていた緑色の月が建物の隙間に隠れて消えた
近寄ることを避けて来た街はもうそこだ
蜘蛛の巣には夜露が煌いていた
-雫- 青 2024.04.21
転勤してきてから早4年
暮らしやすいと言われる地方都市
土地や人柄にはだいぶ慣れた
仕事は順調だ
人付き合いもそれなり
好きだと言ってくれるひととも徐々に距離を詰めてるところだ
仕事に追われながらも自炊で健康的な食生活
いまの仕事はそこそこ長いし
それなりの信頼も得ている
お客さんのためにできることや、自分のキャパシティを増やすことなんかにも積極的に取り組んでる
1DKに自然とできた生活動線をせかせかと這いまわりながらも、時折り映画や本なども楽しめるようなそれなりに充実した日々
引越し屋の未開封の段ボールは目に入らないようにしている
特に不満もない生活
それでもふと、ぽっと何か足りない気になることもある
ーそういえば、ゲームのグッズどこやったっけな?あるとしたらあの箱か…
考えかけて、家事に戻った
転勤が決まったとき、私は趣味をやめた
趣味と言うほど高尚なものでもないか
いわゆるソシャゲだ
当然ネットがあればどこでもできるわけだが
転勤を機にやめた
ファンタジー世界での冒険や闘い
ゲーム画面の中でしか知らない仲間たちとの語らい
有体なものだが、当時の私には大切な時間だった
イベント開催に合わせて仕事の時間を調整したりもするほどのめり込んでた
年齢も立場もバラバラで個性的な面々と、隙間がないほどの時間を過ごした場所だ
毎日当たり前のように誰かしらは集まっていたが、互いの生活には干渉しない暗黙のルールがあった
ギルドマスターが比較的秘密主義であったためだろう
私はメンバーのケアを請け負うサブマスターだったから個人的な相談も多く扱ったが、そのルール故に居心地が良かったメンバーも多かったと思っている
ーみんな元気かな
一度だけ、仲間の内のひとりと会ったことがある
所属ギルドのマスターである彼は基本的に頑固だった
一度組んだ戦略を覆すことはほとんどないプレイスタイルで、負けるときは潔く負けて自らを道化にしてみんなを盛り立てたり
他のギルドとトラブルにならぬようルール整備に手は尽くしながらも、いざと言うときはメンバーを守る姿勢を貫くひとだった
彼が首都圏から1000km以上も離れたところに住んでいたため、開催の要望はあれどオフ会なんて夢のまた夢と思っていたところ
彼が旧友に会うため上京してくるということで急遽予定を組んだのだが、呼ばれていたのは私だけだった
嫌な気はしなかった
4年もの間、毎日会話をし同じ作業をしてきたひとだ
尊敬もし、支えてきたという自負もあった
顔も知らない同士だが、待ち合わせ場所に来た彼をみてすぐにこのひとだとわかった
いつも通り何ということもない会話をしながら、行き当たりばったりで海へ来た
時折り訪れる沈黙も怖くはなかった
「ほら、これ」
波打ち際から拾い上げたものを彼が私に手渡す
海の色を映したような水色
角が取れて柔らかなラインを描く綺麗なシーグラス
これ以上今日の記念に相応しいものはないと思いながら見つめていた
「俺、お見合いすることになったんだ、今時信じられる?」
まだ湿ったままのざらざらとした表面を撫でると小さな砂粒がぽろぽろと取れて落ちた
「そうなんだ!それじゃやっと彼女なし卒業じゃん!」
私たちはケラケラ笑いながら帰路に着いた
ー明日のお弁当なんにしよ
段ボールはまだ開けていない
◆誰よりも、ずっと
2024.04.10 青
一風変わった…というか
世間にいまいち認知されていない仕事がある
ある意味技術者
ある意味ではアーティスト
だが周りの認識は、いくらでも代わりのきく使い捨て作業員だ
〜未完〜
【終点】