楽曲制作に取り掛かる
正確にはもう取り掛かって久しくて、頭はねじ切れてる
—あれー?なんだかなー…イメージが曖昧なんだよな…
アートってのは降りてくるもんだから無理してやっても仕方ない
そんな言い訳も効かないところまで納期が迫ってきてしまってる
スランプってやつ?
悩んだ末に一応骨格はできた
あとはシーンにどう対応するかなんだが
—反響を入れてみるか
編成はこちらの方がニーズに合うか?
いや、そもそもここは速度感がほしいのかな…
ホントはこっちがカッコいいんだけど、また文句言われそうだしなー
あーダメだ
もう無理休憩
そういえばこないだ、友だちに誘われて行った飲み会で関連会社のおもしろいやつがいたな
腹も減ったしちょっと連絡してみるか
「つき合わせて悪い」
「かまわんよ」
「最近どうよ?」
「あぁ、俺クビ」
「はぁ?唐突だなw」
「まぁな〜、なんか取引先怒らせちゃって。でもおかげでいまは悠々自適よ」
「それもいいな〜」
「んで?」
「あぁ…ちょっとな。いま作ってるのがまとまらん」
「あー、まとめるの?」
「え?」
「いやー、なんかつまんなさそーだから」
「あーまぁ、仕事だし?」
「いつもつまんねーの?」
「んなことはないけどさ」
「だよなー、こないだ別の聴かしてもらったのいい感じだったし。考えすぎじゃね」
「そうかもなぁ…。悪いな、そっちも大変なのにこんな話」
「いやいやまったくもってかまわんよ。けどなー、なんか違うわー。じゃーさー、お前も辞めちゃえばwとりあえず飲もうぜ」
—なんでそう気楽なんだよ…
気づいたら始発の時間だ
ちと飲みすぎたな
「おい起きろー」
「ねみぃー…って、お、不死鳥やん」
「なんそれw」
「いや、顔戻ってるw」
「マジかー」
つい慌てて緩んだ表情筋を押さえる
けど、なんで取り繕う必要がある?
つか、なんも具体的な話なんかしてねーのにスッキリしたな
「まぁさー、お前がんばりすぎ。ありの〜ままの〜♪ってメロディーにしたら?w」
「無理だろw」
「ま、また近いうちに奢られてやるよw」
「なんでだよw」
やべー、納期まであと3時間とかw
仕方ない、帰ったらあのまま納品しとくか
結局のところカッケーやつがカッケーのよ
ダメだったとき考えよ
【上手くいかなくたっていい】
両親は躾には厳しかったが
第一子の私を大層可愛がってくれた
母方の従兄弟たちの中でも一番に生まれたので
祖母の愛も一心に受けた
どこかへ出かけるにも、中心はいつも私
容姿にも恵まれてどこへ行っても楽しいことしかない
そのまま成人した
異性も思うがまま
ただ私は気づいていた
他者の評価だけで生きてきた私には
自分がどこにあるのかわからない
この先老いていって
私は両親や祖母のようにあれるのだろうか
私は誰も愛せない
【蝶よ花よ】
-最初から決まってた-
うちの数軒隣には、小さな神社がある
いわゆる氏神様とか地の神様とかいうものかもよくわからないが、最低限のお社に小さな境内
それでも鳥居の横には小さな手水舎もある
とはいえそれだけのことで、普段なんとなしに通り過ぎてしまう
ここしばらく仕事が多忙で、夜は寝に帰るだけの生活
多忙と言っても、イヤな先輩がわざと夕方に作業を振ってくるために残業ができるだけなのだが、そのような悪意を今まで経験したことがない私は対応しあぐねていた
そんな毎日の繰り返し
相変わらず暗い道で神社を振り返ることもないし、ぼーっとした朝も同じに通り過ぎるだけ
特に参拝者も無さそうな神社に気を止めることはない
だがついに食事もままならなくなり精神を病み、このむせかえるほどの暑さによる寝苦しさもあって最近夜はうまく寝付けない
朝も起きられ無くなってきてしまった
—転職、しようかなっていうか、とりあえず辞めたい
そんなことが頭をよぎるだけの、珍しくもない社会人になった
ぼーっとした頭で生活しだして数ヶ月めのある朝
明け方やっとうつらうつらしたばかりで起き上がれないでいる私の耳に、子どもたちの笑い声が飛び込んできた
—ぇっ!?寝過ごした!!?
じわりと背中に冷や汗が滲むがそれでもまだ起き上がれない
—ぁー…もう…いいや
そう思ったとき、
「あーたーらしーいーあーさがきたっ
きーぼーおのっ あーさーだっ」
—!?
「まてまてまてまてっ」
なぜかひとりでツッコミを入れてしまった
「まずは手をあげて、背伸びの運動からっ」
「いやいやいやいやっ!」
ツッコミのおかげで起き上がれた…だとぅ?
そうか…夏休みか…いーなー子どもは
でもこんな時間からラジオ体操とかって、集団に飲まれて大変ね
嫌な子もいるだろうしやめちゃえばいいのに
ま、子どもじゃ、そんなこと考える頭もないかぁ
1週間後、私は神社にいた
「おねえちゃんおはよう!」
「おはよっ」
一見地味に見えるこの運動は、身体中あちこちの筋を刺激してくれる
運動不足で鈍った体に必要な動きが揃っていることを実感する
意識しないとうまくできないでいた呼吸もできるようになった
—あぁ、空気がおいしいっ
朝からジワジワと迫る蝉と太陽
木陰は濃い緑と黒のコントラスト
笑顔で挨拶を交わすひとたち
私は3週間後の退職にワクワクしながら、先輩の顔を見つめ返すこともできるようになった
—簡単なことだった、自分の中に答えがあったんだ
シャワーをして制服に身を包む
神社に会釈をしながら
今日も私は仕事に向かった
-太陽-
あぁ…
いかなきゃ
照りつける日差しに目が眩む
パンツスーツに身を包みヒールを履く
今日はあなたのハレの日
全ての人々を満面の笑みで迎える
笑みの裏で遠のきかける
暑い、寝不足の頭が痛む
プロであるからには全うする
バックヤードで下準備をする
幸福のお裾分けアイテムが鎮座している
ひとつでも渡すのを忘れたらどうなるだろう
笑顔の群衆に反射的に返す笑顔
その隙間に私からあなたにも爽やかな笑顔を
誰よりも、今日という日のあなたを悦ばせるために
ジリジリとしたアスファルトの午後
幸せいっぱいの新郎新婦を90度の礼で見送る
素晴らしい人生の門出の日
足元に落ちる街路樹の濃い陰がそよいでいる
お手伝いをさせていただき幸せでした
私の人生の1ページになりました
心からありがとうございました
宵闇、残務を切り捨てヒールを鳴らす
それはキューピッドの奏でる不規則なラッパにも似て
今宵あなたが見るのは輝くラッパの先の景色
リズムに乗って踊るあなたは私の惑星
さぁ、この部屋で素敵な夜を過ごしましょう
ねっとりとした扉の向こうを感じるほどに
立ち昇る熱が私を昂る
光には影?
そんな甘いことは言わせない
闇と輝く太陽を胸に抱かせるには最高の夜
惑星は太陽がなければ生きられない
さぁ
この扉を開いたら、あなたはもう私のもの
-鐘の音色-
はるか青空に、花の香りの立ちこめる
たくさんのひとの祝福もきこえる
私の瞳は先を歩くあなたの笑顔に引き寄せられ
返す瞳が物語るのは未来への約束
そんな夢を見て薄闇に目覚めると
スマホが薄く光っていた
「考えていたこともあったけど、もう応えられない。ごめん」
わからないふりをしていた
窓を開けると通り雨にそぼる草の香り
遠くにバイクのテールランプ
まだ昇らない陽を捉えようと東を覗き見る
まだ見ぬ新しい1日がやってくる確信
「立ち止まってくれて、まっすぐ見つめてくれたから。ありがと」
自転車がカラカラと小気味よい音を立てて通り過ぎてゆく
雨は上がったらしい
夢の余韻をたどりながら、窓に背を向ける
部屋を照らすほのかな光の中、スマホは何も言わない
お湯を沸かそう
スマホのアラームが鳴るまで、あと少し