考える。考える。考える。
「これを、貴方に、と」
差し出した一通の手紙を白魚のような指が宝物を扱うような手つきで受け取った。
「これ……」
差出人の名前を見た彼女は困惑の眼差しでこちらを見ている。
「私は死者専門の郵便配達員です。」
この世界の人間は、死ぬ前に一通だけ手紙を残すことが出来る。親へ、子供へ、恋人へ。誰に書くかは様々で、その最期に残す手紙を受取人の元へ確りと届けるのが、私の役目だった。
手紙を読み始めた彼女は、はらはらと涙を流して何度も何度も涙を拭っていた。
私は、その手紙に何が書かれていたのか推し量れない。差出人と彼女の関係性すら、予想がつかない。しかし、最期に手紙を書く位、彼女を大切に思っていたことは、誰の目から見ても明らかだ。
「無事に届けられましたので、私はこれで」
一礼。ありがとう、と小さな涙交じりの声を背に私は帰路についた。
私は少しだけ羨ましくなった。彼女に送られた手紙は彼女のためだけに差出人が書いた唯一無二のものだ。
考える。自分が手紙を書くとしたら。
誰へ、どんな言葉を紡ぐか。
私は、考える。
馴染みのある家までのこの道を
あなたと、これからずっと歩けたら
それはどんなに幸せだろう。
悲しいも嬉しいも全て分け合えたなら
世界はもっと美しいだろう。
駅前の、大きな窓があるカフェで朝食を摂るのが私の毎日の楽しみであった。
時間は決まって朝7時で、仲の良さそうな老夫婦とパソコンを睨みつける若いサラリーマン、勉強をする高校生などがちらほらと席を埋める。
私はいつも窓際の端の小さなテーブル席に座り、頼んだコーヒーとトーストのモーニングセットを食べる。忙しなく行き交う人々を見ながら様々なことに思考を巡らせる時間が、私は好きだった。
代わり映えのない景色だ。しかし、その中から小さな変化を見つけた時、私は少しだけ嬉しくなる。
ふと、目の前を黒い影が横切った。
「あ、猫」
艶のある毛並みの黒猫だった。
そういえば、黒猫が横切るという事象は新しい出会いや好機が訪れる前触れだという迷信がある。
私はそれを思い出して、少しだけ楽しくなった。
店の外が次第に騒がしくなっていく。
私は席を立った。いつもより少し時間が早いが、今日はいつもとは違う日になる気がした。
優しい眼差しの向こう側に
私はいつまでも行けないのだろう。
いくらその横顔を見つめたって、ずっとずっと
私には笑いかけてくれないの。
真夜中のロマンス。
ガラスの靴も、素敵なドレスもないけれど
ダンスだってステップひとつ出来ないけれど
わたし今、世界で一番の幸せ者になるの。