心地よい水温で揺蕩うようなこの関係を
どうか手酷く断ち切ってはくれないか。
あなたがくれた甘い声も、やさしい眼差しも
全部全部、置いていくから。
燦々と降り注ぐ太陽が、
あなたの輪郭を曖昧にする。
どこに行くの、と問うた声に応えはない。
私の手を引く目の前の人物は先程から何も話さず、ひたすらこの暗い森の中を突き進んでいく。
どこに行くのか、ここは何なのか。
あなたは、誰なのか。
疑問は沢山あるが、一先ずはこの目の前の人物_繋がれた手の大きさから男性の可能性が高い_に従うしかなさそうだった。
暫く歩いただろうか。上空で鴉が一斉に飛び去り、遠くから地響きのような音が聞こえた。
前方からはっと息を呑んだ音がして、繋がれた手が微かに強ばった。
次の瞬間、ぐっと強く手を引かれて私たちは走り出した。舗装などされていない獣道をひたすらに走る。
後ろから先程の地響きのような音が近づいている。否、これは足音だ。大きな体を持ったなにかが私たちを追いかけている。
転ばないように必死に足を動かした。状況を全く分かっていない私でも背後から追いかけてくる存在に捕まったら終わりだということが本能で分かった。
走って、走って、走り続けた。
目の前に強い光が見えた時、私は助かったと思った。”二人”ともここから出られる!
そう思ったのに。
どん、と強い力で背中を押されて。私は勢いのまま光の中に落ちていった。なんとか後ろを振り返って今まで私の手を引いていた、彼の顔を見た。
私は思わず泣きそうになってしまった。
彼もまた少しだけ泣きそうな顔で眉を下げて微笑んでいた。
意識が遠のいていく。
伸ばした手は届くことはなく。
「またね」と。そう言われた気がした。
___そんな、夢を見ていた。
飛び起きた私はばくばくと音を立てる心臓を深呼吸で落ち着かせようと努めた。汗をかいた寝間着が不快だ。周りを見渡す。目覚めたのは見覚えのある家具の並んだ自分の部屋だった。
ずいぶんと嫌な夢だった。
そのはずなのに、どんどんと朧気になっていく記憶がさらに私を不快にさせた。
結局、私たちを追いかけていた存在はなんだったのか、なぜ私は暗い森の中にいたのか。彼は誰だったのか、微笑みの理由さえ何一つ分からなかったけれど。
唯一分かるのは、”彼”がいなかったら私はここに戻れなかっただろうということ。ただそれだけ。
けれど、日々は過ぎていきます。
皆平等に、残酷に。
わたしをおいて貴方はいってしまう。
いつかの未来、タイムマシーンが発明されて
どの時にも自由に行けるようになったとしても
あなたにもらったこの痛み
わたしの、痛みは
きっと消えないのでしょうね。
海の底を映したような碧玉が私を射抜く。
見透かされている。暴かれている。
それなのに目を離すことはできなくて
あ、
美しい瞳が、弓形に形を変えた。