冷たくなった掌を擦り合わせて、そっと息を吐いた。ここ最近はすっかり寒くなって、気温が氷点下になることも珍しくない。
駅前には、学生や仕事帰りのサラリーマン、大学生の集団が忙しなく往来している。人の邪魔にならないところで壁にもたれ掛かりながらそれをなんとなく眺めていた。
数分は経っただろうか。スマホの通知音が軽快に鳴って僕はメッセージアプリを開いた。
『もうすぐ着くよ!』
思わず緩んだ口元をマフラーで隠す。
お互い忙しくて会うのは約一ヶ月ぶりだった。電車を降りた人が続々と出てくる。その人混みの中に、彼女を見つけて。
「久しぶり、会いたかったよ!」
「うん、僕も」
君に会いたくて、何分も前からここで待っていたと告げたら。君はなんて言うだろう。
机上に置いてある赤い日記を
開くことはもう無いだろう。
あの日の後悔を、嫉妬を、羨望を、
思い思いに書き殴って、そうして棄てた感情だ。
いつかやさしい記憶になることを願って
開くことなく、置いておく。
「わっ、」
強い風が私の頬を冷たく刺す。
「もうすっかり冬だね」
乱れた髪を直しながらぽつりと零せば「そうだね」と彼の穏やかな声が降ってくる。
「もうあっという間に卒業だ」
年が明けたら卒業まで一気に時が過ぎてしまう。解放感よりも寂しさの方が勝る。私は地元に残るけれど、彼は県外に出るのだ。毎日のように顔を合わせていた幼馴染でも、これから頻繁には会えなくなるだろう。
「寂しくなっちゃうな」
「……手紙でも送ろうか?」
冗談めいた口調で彼が言った。目にはからかいの色が滲んでいる。思わず吹き出すように笑った。
「今どき手紙?!」
「続かないかな、君は筆無精だからね」
「もう!……ねぇ、これからも連絡していい?」
「もちろん。暫くは忙しいだろうけど、落ち着いたら遊びに来なよ」
彼が行く県は都会的で観光地や名物が沢山あるのだ。魅力的なお誘いだった。
「やった!どこに行くか、調べなくちゃ」
卒業してしまえば、離れてしまう縁だと思っていたけど、”これから”について考えたら寂しさが無くなるようだった。
「気が早いなぁ」
「だって、今からすっごく楽しみなんだもん!」
嬉しさのままに駆け出す。
背後で彼が笑ったのが分かった。
強い風が吹いた。今まで胸に巣食っていた憂いは無く、木枯らしも私たちの背を押す追い風に感じる。
これから来る冬が、春が、待ち遠しい。
放課後、人の居なくなった教室で
夕陽に光る涙よりも美しいものを
私は知らない。
この世界は、どうしようもなく残酷だけど
あなたが居るならそれでいいや。