ああ、これは夢だわ。
だって、「私」を見下ろす私がいるんだもの。それにこういう夢、もう見慣れてしまった。
「私」は無邪気にあの人と過ごしている。心から楽しいのだと、幸せなのだとわかる。
――私、あんな顔して笑ってたんだ。
彼と出会うまで、まともに笑ったことがなかった。笑うってなんだっけって、ばかみたいな問いかけを自分自身にしたりしていた。
あの人が私を変えてくれた。根気よく付き合ってくれた。
――彼も、嬉しそう。よかった。
夢でも、あの顔を何度も見てきたから信じられる。
「私」だけじゃなくて、私も隣に立ちたい。触れたい。
地上を目指して腕を伸ばしても、距離は全く埋まらない。声も、唇がぱくぱくと上下に動くだけで、出ない。
今回こそ願いを叶えるんだ。醒める前に早く、早く。
――ねえ、私もここにいるのよ。気づいてよ、私の名前をまた呼んでよ!
開けた目に映ったのは、いつもの天井だった。
また、私の願いはかなわなかった。
せめて、夢の中でくらい、あの人と自由に過ごさせてほしい。
もう……現実であの人に触れることはできないのだから。
お題:夢が醒める前に
胸が高鳴るイコール誰それにときめいた、なんて図式が当たり前とは限らない。
高鳴るというのは、過剰に心音が刻まれているというだけ。運動をした後だって高鳴るし、恐怖に怯えているときも高鳴る。プレッシャーのかかる予定を前にしたときだって高鳴るだろう。
短絡的に色恋沙汰と結びつけるのはナンセンスなんだ。
そう思うのに、あいつと目が合ったら変にどきどきしてしまう。話しかけるときも話しかけられたときも耳元で鳴っているように錯覚してしまう。
――認めたくない。あいつが原因で、苦しいほど心臓が高鳴ってしまうなんて。
お題:胸が高鳴る
「いやー、たまたまうまくいったんだよ。結果見るまではダメだと思ってたもん」
よく無邪気にそんなことが言える。単にめちゃくちゃ運がよかった、とでもアピールしたいのか?
こっちはお前の何倍も時間をかけて努力した。全力を注いだ。
なのに、蓋を開けてみたら勝ち組となったのはお前だった。
昔から運にめぐまれない。努力も実らない。
どうして努力を惜しまない人間に見向きもせず、運がよかったとヘラヘラ笑っているだけの奴に微笑むんだ。
運も実力のうち、なんて綺麗事で納得できる話じゃない。
運だけで人生が決まるなんて馬鹿げた話などあるわけがないのに、信じてしまいそうになるほど、今、苦しくて仕方ない。
お題:不条理
あなたを困らせたいわけじゃない。それに、ずっと会えないって決まったわけじゃないもんね。
だから泣かない。笑顔で見送るんだ。
「まいったなぁ。見送られる僕のほうが情けないね、こんなに泣いちゃってさ」
びっくりした。あなたもわたしと同じように、別れたくないって思ってくれていたの?
声が詰まってただ首を振る私の頭を、優しく撫でてくれる。
「そうだよな、絶対会えなくなるわけじゃないもんな。よし、僕は頑張って笑ってみせるよ」
不器用な笑顔だった。でも、もっと私が泣きたくなってしまう、縋りたくなってしまう笑顔。
だめ。もっと笑おう。これ以上、お互い悲しい気持ちだけになりたくない。
「ふふ、二人してなにやってるんだろうな。……ありがとう」
最初、私の前にやってきてくれたのはあなただった。
今度は私の番。どんな場所でも絶対、会いに行くから。
お題:泣かないよ
「……ん」
両手をお椀みたいにしてくれと言われて従うと、色とりどりの小さな粒がいっぱいに降ってきた。
「これ、こんぺいとう?」
「そう」
普段から口数の少ない彼はただそれだけを返した。
どことなく窮屈そうに見えるこんぺいとうを、たとえば空に放り投げたら史上初の色付き星に変身して、毎夜眺めるのが楽しみになるんじゃないか、なんて絵本みたいなことをつい考えてしまう。
でも、いきなりなぜ?
「わたし、こんぺいとう食べたいって言った?」
サプライズを仕掛けるような性格ではない。絶対理由があると、長い付き合いでわかっていた。ストレートに訊いても素直に答えてくれないときがあるので、わざわざ回り道をした。
やっぱり口ごもっている。よく観察してみるとうっすら頬が赤い。もしかして照れてる?
「……星」
視線に耐えきれなくなったのか、ぽつりと彼がつぶやいた。偶然にも、さっきの妄想と重なる。
「星、ってあの、夜空の星?」
頷いた彼は片目だけをこちらに向けた。
「星、掴んでみたいって前に言ってたろ」
少し記憶を巻き戻して、あっと声を上げる。
二人で遠出した帰り、ふと夜空を見上げてみたら思いのほか星が見えて、手を伸ばしながら子どもみたいなことを言った。
『冬は星がよく見えるね。今のうちに掴めたらずっとあのきれいなのを眺めていられるのにねぇ』
彼は茶化すことも真面目に返すこともしなかった。内心呆れて流されたのかなと思っていたのだが……。
「もしかして、このこんぺいとう、星のつもり?」
「星に見えるだろ。星みたいだって言ってるの、漫画で見たことあるし」
よほど恥ずかしいのか口調が多い。
「それに、こういうことしてやるのが、彼氏の役目なんだろ」
突然のそれは、正直反則だと思う。
「あ、ありがと。でも無理しないでいいんだよ」
熱くなってきた顔をどうにもできず、無駄に焦り出す。
「無理なんかしてない。オレがやりたいと思ったから」
彼はちょっと怒ったみたいだった。
そうだった、彼は行動したいと思ったら素直にやる性格だった。
「ごめんね。びっくりして、嬉しすぎたの」
このままじゃ、わたしの手の中で星は溶けてなくなってしまう。
「ね、早く帰ろ? このこんぺいとう、きれいなお皿に入れてあげたいんだ」
幼なじみから恋人に変わったばかりの彼は、少し笑って頷いた。
お題:星が溢れる