hikari

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3/27/2025, 2:29:08 PM

春爛漫

東京では、落合の神田川沿いの桜がとても好きだった。
変に観光じみていなくて、金曜の深夜に歩いていると路上でビール缶を片手に桜を眺めるサラリーマンなどがいて、それもまた良かった。花見は、やろうと思えばいつでもできる。そういう春が、好きだった。

あとは、観光地的なものだと、函館の五稜郭に咲く桜を眺めるのも好きだった。函館は、いくなら春が1番好きだ。五稜郭タワーの一階で売られている桜アイスも、1番美味しい。

どちらも、春に産まれた、大好きだった人と訪れた場所だった。私のつまらない記憶と場所を、桃色でいっぱいの爛々で嬉々とした思い出に変えてくれた。

それだけで、充分だったのにな。

3/26/2025, 5:08:36 PM

七色

私が男に捨てられてひとり虚しく途方に暮れていたとき
ひとりの女性からこんな話を聞いた。

彼女は熱心なキリシタンで、
若い頃渡米しアメリカ人の男と結婚して蒸発され、
やむ終えず帰国したらしい。

旦那が帰ってこなくなったタイミングと、あるテロ事件が重なりそこで亡くなったのではないかと言っていた。真相は闇の中である。

彼女はアメリカの教会でキリスト教徒として活動していた。告解で話を聞き、また、身寄りのない子供達へ慈善活動も行っていたという。

明日、食べるものが得られるかわからない、
明日、生きていられるかもわからない、
そんな子供たちと、クレヨンで絵を描いた。
教会に置かれたクレヨンは、幾つも鮮やかな種類があった。
ひとりの子供が1本のクレヨンを手に取って、彼女に言った。

「ぼくはね、この1本のあざやかな緑のクレヨンがあるだけで、ぼくはしあわせ。このクレヨンで描かれた絵を見て、ぼくは明日も生きていける」

たった一本のクレヨン。

彼女は電話越しに、あなたにとってのクレヨンは、あなたの周りにいくつある?と、私に問うた。

私は答えなかった。少し説教じみているように感じてしまうほどに、私は幼かった。世の中でよく言われる、「小さなしあわせに気づけ」というような使い古された表現の一文のように感じたからだ。私は、その緑のクレヨンを握る少年よりも、はるかにこころが幼かった。

ただ、最近、その話をじっくり噛み砕きながら取り込んでいる。

欲が出て、比較して、くらい夜道にむしゃくしゃして走っている時、なんとなくこのまま消えて無くなってしまうのではないかと思う。死がこちらに迫ってくるような、飲み込まれたら二度と戻って来れないのに、早くすべてから解放されたくてたまらない魅惑がある。
誰も止めることなく、真っ暗な真っ暗な暗闇の中でひとりプライドと天邪鬼な性格だけが背中を後押ししてそのまま進んでしまう。それが寂しくて怖くてたまらない。その世界には、明るさも暖かさも幸せもなにもない。
そこには真っ黒くて、冷たい、先の見えない不安しかない。

ふと、横を見ると、木の麓に「積雪注意」と、板に黒い筆で書かれた看板が、雪に埋もれて落ちている。咄嗟に足腰に力が入って、足元凍った雪の塊に足を滑らせる。「こわい」という感情に支配されて、そこから逃げ出したくなる。なんだ、私は、情けない。

そういうとき、私は、思い出して想像する。
鮮やかな緑のクレヨン。
そうすると、私は今、
冷たくて心地よい風が頬を伝っていて、
空気が澄んでとても綺麗で、
足の筋肉の疲労感やその心地よさに視点がいく。
暗闇の中で、オレンジ色の街灯や、
深夜のドンキホーテ、
見慣れたコンビニエンスストア、
タクシーの車に気がつく。

私は、夜道で走り出せるほどに、自由だったのか。

私のクレヨンは、数々の色を纏いながらいくつも世の中に存在していることに、気がつく。

緑のクレヨンの少年が、問う。
いま、見えている色は何色か。

3/22/2025, 1:22:54 PM

bye bye…

阿川弘之さんの「雲の墓標」で、
特攻隊の青年が書いた手紙の最後、
「走り書きで、さようなら」
を思い出しました。

とてもこの一文が好きで、
朗読を聞いた時忘れられず何度も何度も聞き直した記憶があります。

3/18/2025, 2:07:19 PM

大好き

『私は大好きよあなたのこと。
優しくて真面目で、上品でこんなにかわいい。
相手のことを思い遣って、素直で。

あなたが最低でも、いいの。
あなたが、
お化粧なんてしなくても、
かわいい服なんて着なくても、
私に怒ったり八つ当たりをしても、
あなたが人に言えないような最低だと自分で思うようなことをしていても、
あなたを好きなことに変わりないのよ。』


都内の喫茶店で、
私は呆然とその言葉を聞いていた。
目の前の、私の母より少し年下の女性は、
私に柔らかく微笑みながら言うのだった。
あまりにも優しく、柔らかく、温かく響くその声と言葉は、身体の節々を解いていく。たとえこれが商業的なものであったとしても、私はこの言葉を受け取らずにはいられなかった。

いつしか、言われた自分の容姿のことや、学歴、言葉や行動を思い出して、あれほど私はもう優しさや人の暖かさなんて受け取りたくないと思っていた。そう思えば思うほど私は、人を同時に傷つけてもきた。劣等感でいっぱいで、攻撃される前に攻撃したかった。

私は自分の敗れたストッキングを見た。
最低な私と、最低なストッキング。
今朝、ストッキングが敗れただけでもう死んでしまいたいたかった。

馬鹿にされたように人を馬鹿にして、
両親から言われた言葉を恋人に言って、
被害者の立場だったのにいつのまにか加害者側に立っていて。みんないなくなってしまえばいいと思った時には、自分が消えた方が早いと言うことに気がついていた。

私は目の前の彼女のことを見つめた。
彼女も私のことを見つめていた。
すべて、見透かしているような目だった。

誰かのタバコの副流煙が、私の鼻から肺へと流れてゆく。

彼女は、ふふふと笑い、
私を見つめていた。

『だから今度会うときは、
ありのままのあなたで会ってね。
私はそれを、心の底から嬉しいと思うのよ。
だってそれは、私を大きな愛がある人だって、
あなたが私をそう思ってくれている、
何よりの証拠だから。』

半地下の、換気の悪い喫茶店。
タバコとコーヒーと愛情が乗った澱んだ空気を、
私はいつまでも忘れていたくないと思った。

目を見ることなく「ありがとうございます」と絞り出した言葉に、感情は乗っていなかった。自分でも、どのように感情を乗せたらよいのかわからなかった。そもそも、感情を感じることができなかった。でもいつか、何ら恥ずかしげもなく、感謝の言葉を言える人間になりたいと思った。

「大好き」と言ってくれる
この世にたった1人の全てを知っている人。
私はこの人のおかげで、
この人の「大好き」という言葉が反芻して、
私の頭が喜びでいっぱいになる。
不安と悩みでいっぱいで膨張した胸が、
しぼんだ風船のように小さくなる。

私はもしかしたら、幸せになっても良いのではないか。

そんな錯覚をしてしまうほど、「だいすき」という言葉にかけられた魔法にただただ心酔していた。

3/18/2025, 7:44:25 AM

叶わぬ夢

「俺ってさこれ許していいの」

午前5時のまだ薄暗い窓の前で、私はキャミソールのまま頭上に響くその声を聞いていた。私の目にはうっすら小さな血痕がのこるベッドの白いシーツが見えている。そのシーツを握る手の冷たさや唇の渇きはやけに感じるのに、ちっとも頭は焦っていなかった。ただ、シーツにある暗くて見えにくい血痕を見て、彼の肌を思っていた。彼はひどいアトピーを抱えていたため、ボリボリとかく皮膚から剥がれ落ちて現れた血がシーツに滲んでいる。毎月もらわなければいけない薬は、健康保険の手続きをせぬまま手に入れることができなかった。金もなければ時間もない。役所は平日しかやっていないのに、フリーターはいつまでも働かなきゃいけなかった。
私は彼のことを思っていた。それは心配とかそういうのじゃなくて、もっと不健康でいて虚しいものだった。
この肌荒れも、皮膚を掻いて痛んで眠れない彼の顔も、すべて私のせいのような罪悪感を感じていた。そして、私は目の前にあるシーツに染みついた消えない血痕をただただ眺めて彼を思っていた。

「なぁ、聞いてんの。俺これ許していいの」

彼の手にはスマホがあった。私のスマホだった。
彼の声は決して威圧的なものではなかった。優しい男性の声で、震えていた。ぽつりぽつりと大きな目から涙が溢れていた。流すまいと目一杯に水滴が集まって大きな塊にになり、こぼれ落ちていた。私は胸が張り裂けそうだった。

私は、許されざる存在なのか。
ならば、私は彼を許すべきなのか。
私は、彼から許されようと懇願するべきなのか。

私はよくわからなかった。私ですら数々の傷つきを、許してもらうべきか否かわからなかった。私は現状にあるすべてのことは自分が悪いのであるという立場でしか物事を見れなかった。だからそんなこと聞かれても、私が悪いという選択肢しか存在していなかった。

彼は続けた。






途中 続きます

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