もう全部言われた。
お金も、自由も、才能も、そして寵愛も。
誰もが欲しいもので、勿論私も例外ではなくて。
けどあまりにも定番で、ありふれていて、面白みなんてなくて。
どうせ「みんなそうだよ」と返されるから、諦めて口をつぐむ。
だから、こういう場で吐露するしかない。
当たり前の願いを受け止めてくれる存在。
それがあなただったら嬉しい。
~今一番欲しいもの~
私の名前は有名な俳優から取ったものらしい。
映像がまだモノクロだった時代に活躍した人で、私はその俳優が出演している作品を一度も見たことがない。
まだキラキラネームも流行っていない世代だったが、子どもの頃から少し変わった名前という自覚はあった。
俳優以外にも歴史上に存在し、覚えやすく呼びやすい名前で同級生にも親しんでもらえたと思っている。
言わずもがな、俳優とは全く関係の無い人生を送っている。
その道に憧れたこともなければ、俳優を目指すように教育されたわけでもない。
働きに出れば苗字で呼ばれ、そもそも名前を知られる機会も殆どなく、知られたところで何か会話が弾むわけでもない。
名前しか個性のない私は鳴かず飛ばずで、社会人になってから同級生の活躍をまた聞きするようになり、私は初めて“名前負け”を意識するようになった。
“秀”の字を「優秀の秀」と例えることに抵抗感を覚えるようにもなった。
もはや名前以上の意義を持たなくなって、私はずっと手持ち無沙汰を感じながら生きていくのだろう。
名前を言うことがあっても、何も気にしていないフリをして愛想よく振る舞うのだろう。
俳優から取った名前というのは、皮肉にも言い得て妙に思えた。
~私の名前~
2次会を開く予定だけど来られますか?
突然、LINEに新しいトークが増えてメッセージが来ていた。
どうやら友人が結婚するらしい。
式は身内で行うとのことだ。
あまり会う機会はなかったが、私としては貴重な関係の一つだったため、誘ってくれたのは素直に嬉しかった。
だが、私は断ろうとしていた。
理由は単純だ。
余裕がなかったからだ。
金銭的にも、精神的にも、ましてや社会的にも落ちぶれてしまった私のような男が行っても、どんな顔で祝福すればいいのだろうか。
心から祝うことができるだろうか。
とはいえ、正直に吐露してしまうのも気が引ける。
しかし嘘も吐きたくないうえ、淡白に断って冷たく思われてしまうのも嫌だった。
他の誰かの用事なら何度も断ってきたが、ここまで悩んだのは初めてだった。
私は、良き友人だっただろうか?
ふと思い返してしまった。
覚えている限り何もしてあげられなかった。
それどころか、迷惑をかけた記憶しかない。
悩みを聞いた時も、気の利いた言葉もかけてあげられなかった。
せっかく会いに来てくれても、もてなすことも見送ることもしなかった。
そうだった、ごめん。
本当にすまない。
私には友人を名乗る資格がない。
そっとスマホを落とした。
……
LINEを開き、トークの一覧を下の方にスクロールする。
それと思しきものを見つけた。
後ろ姿のサムネイルが、まだアカウントが生きていることを示している。
あれから5年が経つ。
今でもトークはあの時のまま、彼女の苗字だけが変わっていた。
~1件のLINE~
お金で買えないものもあるとか
お金だけあっても虚しいとか
お金がなくても幸せだとか
よく考えてみてよ
お金を求めてはいけない理由なんて
一つもないじゃない
生きるためにお金は必要だよね?
じゃあより良く生きたいと思うのは強欲なの?
身の丈に合った生活が一番?
じゃあその身の丈は誰が決めるの?
もし
お金より大事なものがあったとして
いざという時、守れるの?
~お金より大事なもの~
君は今どこで何してるんだろう?
君が私にとってそうであるように
私も君にとってそう思われる存在だったら嬉しいな
~君は今~