「今日、雨降るってよ」
隣に住む同級生のあいつは、雨が降る日は必ず教えてくれる。
少しでも雨が降りそうなら欠かさずメッセをくれる。
べつに一緒に登下校する仲でもないし、なぜかはわからない。
お父さんがテレビで天気予報を見てる時に私も見るから連絡は正直いらないけど、なんとなく面白くて従ってる。
まあ、ただの荷物になることもけっこう多いんだけどね。
「あれ? なにしてんの?」
ある日、帰ろうと下駄箱に行くとあいつが外を眺めていた。
サーっと雨が降っていて、あいつはカバンだけ持ってて――。
この世の終わりのような大袈裟な声音であいつは言った。
「傘、忘れた……」
呆れた。
今日の予報は晴れのち雨で、私には予報を教えたクセに自分が傘を忘れるとか、なんてマヌケなんだろう。
さっさと帰ろうと靴を履き替えて外に出て、言われた通り持ってきていた傘を開いた。
……。
「いいよ、入りなよ。どうせ隣なんだから」
こんなところ誰かに見られたら誤解されるじゃん、ってキョロキョロしながらも恐る恐る傘に入る様子はなんとも女々しい。
……ああ、もしかして。
毎回雨予報を知らせてくれる理由がわかった気がする。
でも、こっちからは絶対に聞いてやらない。
だって私が意識してるみたいじゃん。
~天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、~
「逃げてきた」わけじゃない。
目的地の見つけ方も、
そこに向かう方法も、
上手に走る方法も、
何も教わらなかっただけ。
幸か不幸か、
目的地を見つけてしまったら、
一心不乱に走るしかない。
巨大なハンデは絶対に覆せない、
遠すぎてもう間に合わないとわかっていても、
この砂漠のど真ん中で堅実なミイラになるよりはマシ。
~ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。~
嫌い。
謝罪なんて頼んでない。
何度も繰り返して謝って、
向こうは楽なもんだね。
謝ってどうするの?
反吐が出る。
何もできないから、
頭下げて満足してさ。
空っぽの言葉ばかり、
私をバカにしてるの?
ただ口で謝るだけ。
人をまるで不良品みたいに。
……うん、もう大丈夫。
聞いてくれてありがとう。
いつもいつも本当に――。
~「ごめんね」~
「おい菱形、うちにもショートが来るらしいぞ」
「マジっすか? 『捲ればいいだろ』ってあんな言ってたのに!」
「その捲った部分のせいで通気性が悪いようだ」
「そんな! じゃあしばらく先輩とこのまま留守番すか!?」
「ああ、俺らの出番は涼しくなるまでおあずけだ」
「嫌っすよ! 俺まだまだやれますって!」
「決めるのは主人だ。より快適な方法があればそっちを選ぶ。当たり前のことだ」
「縦縞、ショート配属の件、あれ白紙になったから」
「え、どうしてですか、無地さん」
「『捲った部分を気にするのは今更だし、冷房が効きすぎたら調節できない』だとよ」
「――! 先輩! やりましたね! やっぱりロングっすよ!」
「おい、あまり調子に乗ると袖のしわが増えるぞ」
「先輩だって襟、ちょっと捲れてるじゃないすか」
「いや、こ、これは、元々だ……」
「おーし、じゃあこれからもローテで、あんまりズボンから出んなよー」
「「はい!!」」
~半袖~
学生の頃のおこづかいは月3000円。
それからアルバイトの経験もなく就職した私にとって、
月10万円を超える収入は衝撃的だった。
母親に生活費を渡せば感謝され、
欲しい物を買っても充分貯金ができる。
ちっぽけだが経済的な自由は幾ばくか心を豊かにした。
だがそれは長くは続かない。
楽しくない仕事に残業、残業、そして残業……。
心を押し殺して働く機械になるか、
寝不足になって遊んで辛うじて心をごまかす生活。
こんな所に骨を埋めるのか?
疑問が頭を埋めつくした。
もっとやりたいことがあったはずなのに。
そして実家を出たり仕事を辞めたりその後も紆余曲折あり、
私は自分の無力さや愚かさを思い知り、
望んだ景色は既に見ることができない事実を知った。
そうだったのだ。
初めからこの世界は地獄だった。
天国に見えるように装飾されただけの地獄だった。
~天国と地獄~