「逃げてきた」わけじゃない。
目的地の見つけ方も、
そこに向かう方法も、
上手に走る方法も、
何も教わらなかっただけ。
幸か不幸か、
目的地を見つけてしまったら、
一心不乱に走るしかない。
巨大なハンデは絶対に覆せない、
遠すぎてもう間に合わないとわかっていても、
この砂漠のど真ん中で堅実なミイラになるよりはマシ。
~ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。~
嫌い。
謝罪なんて頼んでない。
何度も繰り返して謝って、
向こうは楽なもんだね。
謝ってどうするの?
反吐が出る。
何もできないから、
頭下げて満足してさ。
空っぽの言葉ばかり、
私をバカにしてるの?
ただ口で謝るだけ。
人をまるで不良品みたいに。
……うん、もう大丈夫。
聞いてくれてありがとう。
いつもいつも本当に――。
~「ごめんね」~
「おい菱形、うちにもショートが来るらしいぞ」
「マジっすか? 『捲ればいいだろ』ってあんな言ってたのに!」
「その捲った部分のせいで通気性が悪いようだ」
「そんな! じゃあしばらく先輩とこのまま留守番すか!?」
「ああ、俺らの出番は涼しくなるまでおあずけだ」
「嫌っすよ! 俺まだまだやれますって!」
「決めるのは主人だ。より快適な方法があればそっちを選ぶ。当たり前のことだ」
「縦縞、ショート配属の件、あれ白紙になったから」
「え、どうしてですか、無地さん」
「『捲った部分を気にするのは今更だし、冷房が効きすぎたら調節できない』だとよ」
「――! 先輩! やりましたね! やっぱりロングっすよ!」
「おい、あまり調子に乗ると袖のしわが増えるぞ」
「先輩だって襟、ちょっと捲れてるじゃないすか」
「いや、こ、これは、元々だ……」
「おーし、じゃあこれからもローテで、あんまりズボンから出んなよー」
「「はい!!」」
~半袖~
学生の頃のおこづかいは月3000円。
それからアルバイトの経験もなく就職した私にとって、
月10万円を超える収入は衝撃的だった。
母親に生活費を渡せば感謝され、
欲しい物を買っても充分貯金ができる。
ちっぽけだが経済的な自由は幾ばくか心を豊かにした。
だがそれは長くは続かない。
楽しくない仕事に残業、残業、そして残業……。
心を押し殺して働く機械になるか、
寝不足になって遊んで辛うじて心をごまかす生活。
こんな所に骨を埋めるのか?
疑問が頭を埋めつくした。
もっとやりたいことがあったはずなのに。
そして実家を出たり仕事を辞めたりその後も紆余曲折あり、
私は自分の無力さや愚かさを思い知り、
望んだ景色は既に見ることができない事実を知った。
そうだったのだ。
初めからこの世界は地獄だった。
天国に見えるように装飾されただけの地獄だった。
~天国と地獄~
「え、うちもあのサービスやるんですか!?」
「しょうがないよー、上が急にやる気になっちゃってさ」
銀河にたゆたう星々を扱う事業者の中には、
「願いを叶えるサービス」を提供する物好きな組織もある。
下に付いている者はさぞかし手を焼いていることだろう。
「そもそもエネルギーに余裕あるんですか?」
当たり前だが願いを叶えるには膨大なエネルギーが必要だ。
そして、そのエネルギーは星に住む民衆による祈りによって集められる。
つまり、祈ってはもらうがギリギリ叶えられない塩梅で条件を設定する必要がある。
集めるエネルギーよりも叶えるエネルギーが多くなっては立ち行かなくなってしまうからだ。
最大手である流星サービスの「流れ星に願い事を3回言う」というのは、現実的ではないが夢のある絶妙なラインといえる。
条件を変えずに速度で難易度を調整できる点もよくできている。
「余裕あるわけないでしょ、カツカツだよー」
流星サービスが好調なのは、潤沢なエネルギーと手広いサービス、そして流れ星という大きな武器があってこそだ。
まず我々の管轄は月とその軌道、つまり白道の周辺である。
当然流す星なんてないし、月を扱うとなるとサポートは地球という辺境の星しかなくなる。
しかも聞いた話では、地球では願い事といえば星がメジャーになっていて、月の知名度はかなり低いといえる。
上手くいく通りがない。
我々は上の気まぐれ、ハズレくじを掴まされたわけだ。
「そういうわけだからよろしく」と上司ももういない。
とはいえ、報告ができるくらいには体裁を整えなくてはならない。
その後、新月限定で願い事を受け付け、定期的に抽選で叶えるという方法を採用し、知名度こそ低いが継続できる程度には上手く定着されることになる。
すぐ終わると思っていたのに、何だかんだ面白がってくれている。
回るだけの球体のどこに神秘性を感じるのか、この星の民衆の感性はよくわからない。
~月に願いを~