#てぶくろ
在宅になっていよいよ、低燃費に拍車が掛かった。
朝飯 いらん
昼飯 いらん
晩飯 米炊いてのりたま食うか
コーヒーと葡萄やらマスカット、桃のゼリー飲料か。
コーヒー味のプロテインバーを合間に摘む。
かと言ってデカい金が貯まるという事もなく。
小銭が少しずつ積み上がって行くくらいか。
只、唯一の楽しみが彼女の言うままに買う身の回りの物たち。
「ちょっと遅いけどクリスマスだからねっ」
そう言って手袋をくれた。
「一日中家にいるのに?」
彼女がくれるなら何だって嬉しい。
けど、使ってあげられる場面が無いのは辛い。
「だからだよっ。デートの時はして来てね。いっつも早く来るくせにダウンとパーカーなんて寒過ぎるよ。」
「マフラー有るから。」
「それはこの前のデートで私が買わせたヤツです。」
「気に入ってる。あと温い。」
「ほらねっ。だから手袋もして。」
もそっと手に嵌った黒の手袋。
自分に金を掛ける意味が分からんのに、彼女が選ぶなら何でも嬉しい。
けど。
「あれ、気に入らなかった?黒は嫌?」
シャカシャカ素材が嫌いだった、と首を傾げるけど。
そうじゃ無い。
「手、繋ぎたい、」
「良いよっ。」
あっという間も無く手をぎゅっと繋いでくれた彼女の体温が今日は分からないけど、
何でこのひと手袋してないんだ。
「今日行くとこ、決めた。」
「え、どこ?」
「君の手袋買いに行く。あと帽子。」
「えっ、良いよ。」
「ダメ。あと、君が俺に服を着せたがる気持ちが分かった。俺も手袋買わせたい。付けて欲しい。」
スポン、とくれた手袋の右手側を彼女に嵌めて
左手をダウンのポケットに突っ込んだ。
こんな事、陽の者のする事だって思いながら、彼女の冷たい指を放置させない為なら陰キャも必死になる。
「ふふっ、かっこいい。」
「揶揄わないで、結構、恥ずかしい。」
「がんばれ、がんばれっ。」
変な声が出そうになって奥歯を噛んで耐えた。
三次元彼女が可愛すぎて血反吐出そう。
今の台詞、もう一回言って欲しい。録音したい。
エコー掛けて毎日聞けば仕事頑張れそう。
名前も呼んでもらって、目覚ましボイスも欲しい。
飯も食べたか聞いてくれたら、毎日食えそう。
「どうかした?」
「あ、いや、ちょっと考えてた。」
#茶こぼし
「先輩、スゲーっすね。」
私にそんな事を言う後輩は君くらいだ、と思いながら。
何が凄いのか褒められると聞いてみたくなって。
「凄い?どれ?」
「先輩が淹れたお茶は全部美味かったっス。」
「へぇ?」
「会議の時も、この前休憩で一緒になって淹れてくれた時も。同じ味がしました。」
「ほぉ。」
今時、ペットボトルで済ませる所を。
うちの会社は逆にペットボトルの方が高く付くので、急須と湯呑みでお茶を入れる。
人数も少ないからこれで別段困りはしない。
私も緑茶好きだし。
ただ何がそんなに凄いのかピンと来ないな。
「誰が淹れても美味いと思うよ?」
そう言ったけど後輩君は首を振る。
「俺はまた飲むなら先輩の淹れたお茶が良いっス。」
「大袈裟だなぁ。」
そう言えば、最近の子は茶殻入れと言うものを知らないらしい。
灰皿見たいなやつだけど、実際は淹れ終わったお茶っ葉やお茶パック、冷めてしまった残りのお茶なんかを入れたりもする。
一々三角コーナーを見なくて済む、精神衛生上便利なやつだ。
「今度、出掛けませんか。俺と2人で。ぜんざい食いに。」
唐突に日本語が分からなくなった。
可愛い後輩が私と出掛けたい、って言った?今。
「あちっ、!?」
「エッ、大丈夫っスか、冷やして、水っ、氷、氷!」
ポットの給湯ボタンを押した先に、急須がある筈だったが、バカな事に急須の蓋を開け忘れていた。
飛んで掛かったお湯は私の指とシンクを濡らす。
後輩君が大慌てで蛇口を捻り、水に指を突っ込ませると反対の手で冷蔵庫を開けて製氷器に手を突っ込んでいた。
その距離が届くのか。
「手、長いね、」
「長くねぇっス。先輩の指の方が小せえっス。」
「あ、良いよっ、氷ありがとう」
何やらムスッとした顔でハンカチをザッと濡らし鷲掴んだ氷を手早く包むと指を冷やしてくれた。
「20分、測って見に来るんでそれまで冷やしてて下さい。」
「う、うん。分かった。」
手慣れてたな。
凄い。
応急処置も出来るのか。
それより、ぜんざいだ。
和菓子は薄焼き煎餅しか食べまけん、みたいな顔をしてぜんざいが食べたかったのかな。
けど、今まで差し入れで貰った最中とか羊羹とか、かるかんとか食べてなかったよな。
「そろそろ10分経ったかな。」
流石に5分ほども経ってくると流水が勿体無くてボウルを引っ張り出した。
何の時に使ったのかも覚えてないけど、有って良かった。
休憩時間がこれで潰れてしまうな。
けど後輩君が時間を測ってるなら、冷やさない訳にもいかない。
実際、ジンジンと痛む事だし。
午後の仕事の事を考える。
タイピングもそんなに上手くは無いので、指一本負傷したところで特に困り事は無さそうだ。
運転も。
あぁ、もしかしてお風呂とか炊事で痛むのかなぁ。
絆創膏ってあったっけ?
防水のものなんて無かったよなこの会社。
「先輩っ、指どうですか」
「おっ、おかえり。ほんとに測ってたんだっ。」
律儀な後輩君だ。
時計を見ればあと1分で20分経つところだ。
「絆創膏、防水で、これめっちゃ効く奴っス。」
「えっ、丁度欲しかった。凄いねありがとう」
私がモタモタ絆創膏を貼る間、後輩君がすみません、と謝って来た。
そんな事よりぜんざいが好きなのか教えてくれ、と言うと照れ臭そうに横を向いた。
「... ...先輩と出掛けたい、と思ったら。お茶の美味い店が良いかなと思って。そしたら甘味屋さん見つけて、メニューに懐かしいのが載ってて。」
「ぜんざい?」
「いや、それは見れば分かるっス。」
「ぜんざいじゃない?」
「一緒に出掛けてくれたら、分かります、」
仕方が無いので今度の休みに2人で出掛けることにした。
ーーー
「梅ヶ枝餅?」
「地元以外で食べる地元の味はマジで美味いんで。」
「私食べた事ない。」
「これ食ったら他の和菓子食えなくなりますっ。」
そう言えばこの後輩、一時期近所に来ていたキッチンカーのタコスが美味いからと言う理由で、毎回買いに出ていたのを思い出した。
すぐ隣にスーパーが有るのに。
「美味いっスか?」
「うまぁっ」
「でしょっ!」
「なにしてん。」
ちゃっかちゃっか音がするから
ケーキでも作るんかと風呂場のドアを出ると
廊下に座り込んだ彼女がひとり
床に粉振るってた。
「あ、早い!早過ぎるよ!戻って!」
「お、おぅ。」
思わず後ずさってドアを閉めたけど
ちょっと待て
「なぁ、ドア開けるのは良い?」
「ダメ!あとちょっとだから待って。」
ちゃっか
ちゃっか ザザっ
紙か。床に紙敷いて粉振るって何なん。
小麦粉不良品やったんか。
なんか入ってたんか?
「終わったよー!良いよー!」
なんか入ってたんなら一緒に探そうと思ってたんやけど。
なぁ。やばいで。
目の前にサンタ帽子握り締めた彼女がおる。
「どしたんそれっ。」
「見て!さっきサンタさんが来てプレゼント置いて行ってくれたんだよ!証拠に帽子もくれた!」
「ほぉん。」
「足跡も真っ白なんだよ!」
「土足やな。」
「サンタさんは良いのっ!」
「入る足跡しか無いけど、帰りはどうしたんやろな」
「ば、ックトラックしてた!」
「そうかっ。」
「そうだよ!」
とんだ可愛い茶番に彼女を抱き上げて攫う。
今度はこっちの茶番にも付き合って貰おうな。
「あんたサンタさん帽子持ってるって事は、サンタさんやんな?」
「えっ!?」
「俺、あんたみたいな可愛い彼女が欲しかったんよ。ありがとうな。」
わざとらしく寝室に駆け込み、途中自室に荷物も取りに行った。
彼女になったサンタをベッドに座らせ握ったままのサンタ帽子を被せる。
「これ、俺の可愛い彼女にプレゼント。」
「ありがとうっ!」
「どういたしましてサンタさん。」
安っぽいぺらつぺらのサンタ帽子のくせに
恐るべし威力を発揮してる。
因みに玄関に置きっぱの俺へのプレゼントは
帽子とネックウォーマーだった。
俺はもっこもこパジャマ。
ネットで一目惚れ。クマの耳が付いとる。
速攻ポチッたぞ。
今、風呂入ってるから上がる時バレるやろな。
そんで恥ずかしがって着てくれるやろ。
最高やん。
クリスマス有難う。イブ最高。
明日は仕事やけど給料日やしな。
お、風呂上がったぞ?
#イブの夜
#ゆずの香り
「珍しいな。」
「そ、今日は冬至だからね。」
どうりで風呂に柚子の皮が沈んでいた訳だ。
中身はどうしたんだろうと思ったが。
目の前で酒になったようだ。
「年末近いから厄除けしなきゃ。今日はとりわけ夜が長いんだよ。」
「お前はもう風呂は済んだのか。」
「ううん、今から入る。」
「それなら代わる。お前はゆっくり入って来い。」
ちょっとしたサプライズだ。
時間も掛かる、と言えば素直に着替えを取りに行った。
そうは言っても材料は冷蔵庫にある物だけだ。
4個で138円の洋梨のヨーグルト、
238円のホットケーキミックスがあと1袋、それと。
「ん?」
記憶違いが生じたらしい。困ったな。
ーーー
「パンケーキだぁっ。しかもシューアイス乗ってるっ。可愛い。」
ーー可愛いのか。
パンケーキの上にゆずを混ぜたヨーグルトソースの更に上にシュー生地に包まれたバニラアイスを半分に切って乗せた。
「普通のバニラアイスが無くてな。」
「え?全然気にしなぁい。これ可愛いよ。」
「そうか。」
「うん。今度はイチゴ味買う。ピンクだったんだよねー。」
予定では、バニラアイスをカレースプーンで掬って乗せるつもりだったんだが。
シューアイスじゃ、仕方なかった。
そうだな。
前の俺ならダメな奴だな自分は、と責めていただろう。
何にでも完璧である事を強要する所だが。
彼女が可愛いと言うのなら充分、成功だ。
まじまじとシューアイスの乗ったパンケーキを見る。
その間に彼女が作りかけていたゆず入り酎ハイが出来た。
「いただきまぁーす。」
にこにこしてる彼女が居るなら。
俺は完璧じゃなくて良い。
傾けたグラスからゆずの香り良い匂いがした。
#寂しさ
「成程。」
正しく歪、といった笑顔を浮かべるアルバムの中のひとり。
こんな顔を周囲の大人は見ていて
なんとも思わなかったのだろうか。
ランドセルが学生鞄になる頃には
これはもう典型的だと分かる人には分かる表情だった
「成程ね。」
やはり誰かに助けを求めるべきだったのだ。
こんな顔をして何も言わずに過ごすべきでは無かったのだ。
アルバムの何処を見ても。
周りを真似して口角を上げただけの顔で居る少女は
目が笑っていない。
「やっぱりそうか。」
確信した。
やはり私は病気だったのだ。
繊細だとか気の持ち様だとか反抗期とか
そういう事ではなく。
異常事態が毎日起きていたのだ。
そして毎日起きる内に慣れ、耐え方を覚え、笑い方を知らないアルバムが出来て行った。
けれどあの時分の私にはああして過ごす事が最善の策だった。
そう自分で決意した日の事を未だ覚えている。
何時か、バカな子供の頭で良く考えたものだと自分を笑ってやれる日が来ると信じていた。
ねぇ。
どうやらその日は今日だったらしい。
歪な私のアルバムを抱きしめて
私は私と沢山、話し合ってみよう。
答え合わせだ。
「私はがんばったんだね。」
「私はとても聡かったんだね。」
「私はとても優しかったんだね。」
写真を見て思う。
「これ好き?」
「ほんとはこっちが良かったんでしょ?」
「分かる。絶対こっちの方が可愛いよね。」
頭の中の少女は全然笑わないのに
目はきらきらしていっぱい頷いてくれる。
そうじゃないな、と思ったら首を振って答えてくれた。
ちゃんと意思がある。
ちゃんと彼女の中に答えがある。
だから自分で決めた事を貫いたんだ。
「偉過ぎるよ。」
私の妄想に付き合う少女を抱きしめる。
この感情をなんと言えば良いのだろうか。
そしてひとつ思い出した。
とりわけ小さかった彼女は同級生が120、140、と言われる中、身体測定で104.5センチと言われた時、数字が3桁になった事。
更には100を越え110にも届きそうな事に大層喜んで、祖母に報告した。
あと足りない0.5が1センチの半分だと言う事も定規で確認して意気込んで告げたのだ。
「私、巨人さんになれるかもしれん!」
これは思い出すべきでは無かった。
すまぬ過去の私よ。
多分、巨人さんには...マダ ナレテ ナイ ダケヤ
ソノウチ ナレル テ、タブン。