#ゆずの香り
「珍しいな。」
「そ、今日は冬至だからね。」
どうりで風呂に柚子の皮が沈んでいた訳だ。
中身はどうしたんだろうと思ったが。
目の前で酒になったようだ。
「年末近いから厄除けしなきゃ。今日はとりわけ夜が長いんだよ。」
「お前はもう風呂は済んだのか。」
「ううん、今から入る。」
「それなら代わる。お前はゆっくり入って来い。」
ちょっとしたサプライズだ。
時間も掛かる、と言えば素直に着替えを取りに行った。
そうは言っても材料は冷蔵庫にある物だけだ。
4個で138円の洋梨のヨーグルト、
238円のホットケーキミックスがあと1袋、それと。
「ん?」
記憶違いが生じたらしい。困ったな。
ーーー
「パンケーキだぁっ。しかもシューアイス乗ってるっ。可愛い。」
ーー可愛いのか。
パンケーキの上にゆずを混ぜたヨーグルトソースの更に上にシュー生地に包まれたバニラアイスを半分に切って乗せた。
「普通のバニラアイスが無くてな。」
「え?全然気にしなぁい。これ可愛いよ。」
「そうか。」
「うん。今度はイチゴ味買う。ピンクだったんだよねー。」
予定では、バニラアイスをカレースプーンで掬って乗せるつもりだったんだが。
シューアイスじゃ、仕方なかった。
そうだな。
前の俺ならダメな奴だな自分は、と責めていただろう。
何にでも完璧である事を強要する所だが。
彼女が可愛いと言うのなら充分、成功だ。
まじまじとシューアイスの乗ったパンケーキを見る。
その間に彼女が作りかけていたゆず入り酎ハイが出来た。
「いただきまぁーす。」
にこにこしてる彼女が居るなら。
俺は完璧じゃなくて良い。
傾けたグラスからゆずの香り良い匂いがした。
#寂しさ
「成程。」
正しく歪、といった笑顔を浮かべるアルバムの中のひとり。
こんな顔を周囲の大人は見ていて
なんとも思わなかったのだろうか。
ランドセルが学生鞄になる頃には
これはもう典型的だと分かる人には分かる表情だった
「成程ね。」
やはり誰かに助けを求めるべきだったのだ。
こんな顔をして何も言わずに過ごすべきでは無かったのだ。
アルバムの何処を見ても。
周りを真似して口角を上げただけの顔で居る少女は
目が笑っていない。
「やっぱりそうか。」
確信した。
やはり私は病気だったのだ。
繊細だとか気の持ち様だとか反抗期とか
そういう事ではなく。
異常事態が毎日起きていたのだ。
そして毎日起きる内に慣れ、耐え方を覚え、笑い方を知らないアルバムが出来て行った。
けれどあの時分の私にはああして過ごす事が最善の策だった。
そう自分で決意した日の事を未だ覚えている。
何時か、バカな子供の頭で良く考えたものだと自分を笑ってやれる日が来ると信じていた。
ねぇ。
どうやらその日は今日だったらしい。
歪な私のアルバムを抱きしめて
私は私と沢山、話し合ってみよう。
答え合わせだ。
「私はがんばったんだね。」
「私はとても聡かったんだね。」
「私はとても優しかったんだね。」
写真を見て思う。
「これ好き?」
「ほんとはこっちが良かったんでしょ?」
「分かる。絶対こっちの方が可愛いよね。」
頭の中の少女は全然笑わないのに
目はきらきらしていっぱい頷いてくれる。
そうじゃないな、と思ったら首を振って答えてくれた。
ちゃんと意思がある。
ちゃんと彼女の中に答えがある。
だから自分で決めた事を貫いたんだ。
「偉過ぎるよ。」
私の妄想に付き合う少女を抱きしめる。
この感情をなんと言えば良いのだろうか。
そしてひとつ思い出した。
とりわけ小さかった彼女は同級生が120、140、と言われる中、身体測定で104.5センチと言われた時、数字が3桁になった事。
更には100を越え110にも届きそうな事に大層喜んで、祖母に報告した。
あと足りない0.5が1センチの半分だと言う事も定規で確認して意気込んで告げたのだ。
「私、巨人さんになれるかもしれん!」
これは思い出すべきでは無かった。
すまぬ過去の私よ。
多分、巨人さんには...マダ ナレテ ナイ ダケヤ
ソノウチ ナレル テ、タブン。
#冬は一緒に
ハロウィンが終わると
途端に始まる恋人達の為のクリスマスムード
鍋のCMでは
あったかそうな家族が描かれている
売り場でも奥さん方が
今日は冷えるし面倒だから鍋にしようと話している
そんな中でバイトをするボッチが
冬を恨めしく思って何が悪い。
「もやし煮えたよー?」
その声にハッとする。
手元には色違いの端を握って、茶碗と器もそう。
そうだった。
よぉ、冬を恨めしく思っていた俺へ。
お前もまだ大分先だけど
すっげー可愛い犬系彼女とクリスマスデートするんだぞ。
鍋もこうして一緒に食べてる。
只、ひとつ言うなら。
頼むから、
クリスマスデートの写真を1枚で良いから撮れ。
阿保みたくぼうっとして俺の彼女可愛い過ぎるなって見てたら、あっという間にデートが終わってた。
俺から俺へのマジで情けないアドバイスだ。
今は、一生懸命もやし頬張ってる。
いっぱい食べる俺の嫁可愛い過ぎる。
#とりとめもない話
「そう言えば午後から雪が降るんだって」
「今日の晩御飯は鍋かなぁ」
「ワンちゃんがチョチョイ、って前足を出して来るの構って欲しいなってサインらしいよ」
ぱらぱらと話すその声が好きで
手元のペンを止めて思わず聞き入ってしまう
一見すればとりとめのない話だが。
これは、アレだ。
「知ってるか?ワンコ飼いは犬が構って欲しいアピールをすると、"分かった分かったから"と言ってしまう確率が高いらしいぞ。」
「ふーん?」
だから何だろうと首を傾げるその姿が
もう、そうなんだよ。
とうとうペンを置き、端へ寄せるとこちらをじっと見つめる瞳が。
「好きな声が話していると、つい聞いてしまうから。返事しなくて悪かったな。」
おいで、と手を広げると慣れたように腕に収まる。
あんまりぎゅうぎゅうするから
つい、口をついて出てしまった。
「わかった、わかった。」
#風邪
「マジでキツい」
「俺、スゲー熱有るわ」
「マジでヤバいわ」
構って欲しいんだよ
だって心細いだろ
そう思ったのに嫁はピシャリと言い放つ。
「キチーなら寝てろ。熱有るに決まってンだろ。インフルだぞナメんな馬鹿。」
嫁はこう言う時の口の悪さは天下一品。
ちょっとヤンチャな巻き舌でキレて来る。
そしてその下らない馬鹿な俺の為に卵雑炊、とぽつんとひとつ飴玉を乗せた盆を差し入れてくれた。
この前車検に行った時に貰った
タイヤメーカーのロゴ入り付箋に嫁の文字が見えた。
"早く良くなりますように"
ダバッ
涙より先に鼻水が出た。
汚ねぇ、と思ったのに涙まで出てくる始末だ。
嫁がどんな思いでこの付箋を付けてくれたのか。
「ありがと、」
その時、スマホが光った。
通知が来てる。
見ると、嫁の欲しいものリストのURLがズラリ。
「分かったよ、何でも買ってやるよっ、」