#手を繋いで
自己防衛の為の癖は外すのに時間ぎ掛かる
そう彼が言った。
けれど、こうも言った。
癖は意識さえすれば少しずつだが外せるものだ。
例えば我慢。
何を我慢しているのかも分からない程の
無意識下で
もはや恒例となっている我慢。
そうする事で仕事をこなし
生活をこなす癖が付いている。
普通は気分転換やガス抜きをする。
けど無意識なら。
例えば食い縛り。
歯軋り、ぐるぐる思考、自己否定、その他沢山。
「分かったか?」
夫は手をぎゅっと繋いで聞いて来る。
「無意識に我慢のし過ぎだ。」
頷くだけで精一杯だった。
たった今から、無意識では無くなったからだ。
本当は我慢していた事が沢山有った。
あれもあれもこれも、苦手で嫌できらいだったのに全部我慢してやったんだ。
「分かったなら良い。ロールケーキ食べないか?」
何時もなら。我慢する。
さっきご飯を食べたばかりで、今日はお菓子を食べ過ぎた。
「我慢してるな?良いのか?美味そうなロールケーキを食いそびれるなんて、今晩夢に出て来るぞ?」
ーー食べた。
いっぱい食べた。
お腹いっぱい食べた。
夢にも出てきて欲しいくらい美味しかった!
「もう一本食べたい」
「そりゃ良かった。今度買いに行こうな。」
#ありがとう、ごめんね
分かってる。
師走の誕生日は忘れられやすいって。
何ならクリスマスとか年末の方がめでたい感ある。
何で誰も覚えてないんだよ、って子供の頃は思ってた。
けど、仕事したら理解出来た。
単純に出勤したら日付が飛ぶ。
そして勤務中それは只の記号になる。
8日の金曜日。
車は左走行、って事と何ら変わりない。
運転してる時左走行の意味なんか考えるか?
俺は考えてない。
前の車のブレーキランプと信号と横断歩道ばっか見てる。
8日の金曜日も、そう。
締切は明後日。
午後はこっちの仕事を振って、割って、確認して、相談する。
労働 労働 労働
そして、退勤。
この時に考える事はたった一つ。
ーーサッサと帰りてぇ。
もう帰ってる、何なら運転してるのにさっきから
帰りてぇ、しか浮かばんのやが。
そんで、ふと赤信号で止まって気付く。
「俺、12月8日の金曜日って誕生日じゃ...ね?」
ここでやっと記号に意味が生まれる。
そして、落ち込む。
師走だ。仕方ねぇよ。
あぁ、しかも俺の誕生日はあと5時間もすりゃ終わる。
何やってたんだ今日一日の俺。
俺A:あ?仕事に決まってんだろ。
俺B:ですよねー。
虚しいノリツッコミで余計に車が寒ぃ。
救いなのは俺には可愛い嫁さんがおるって事。
あいつの保育園の先生みたいなエプロンが見たい。
そう思いながら玄関を開ける、と嫁が座ってた。
玄関で。
「何してんの。」
「おかえりなさい、お疲れ様です。そしてごめんなさい!!」
【問1】
でんきタイプの頬袋に電気を貯める黄色い着ぐるみパジャマ着た嫁が玄関で、座り込んで謝っている時の俺の気持ちを述べよ。
【答え】
訳が分からん。
聞く所によると誕生日だと覚えてはいたらしい。
一日中クソ忙しい中で絶対に向かいの道路の裏路地のケーキ屋に行くと意気込んでいたらしい。
予約はしない。
何故ならお互いに取りに行ける確証が無いからだ。
残業はあっという間に湧いて、片付くまで帰れない。
けど、うなだれた黄色の後ろ姿に着いていけば、
テーブルの上にはシュークリームが有って、
ろうそくが立ってる。
「えっ、有るやんありがとう...っ、!」
「ごめんねっ、!こんなんしか無かった」
ーーえ?
お互い顔を見合わせてマジマジと見つめ合う。
ーーなんて?
「いや、火着けたら完璧やん。俺の誕生日会やん!」
「... ...コンビニのシュークリームだよ?」
「デカい奴やろ、ろうそくも立ってるやん!」
「... 去年の余りです。」
「完璧やん!めっちゃ嬉しい!俺さっき自分が誕生日って思い出したからこんなお祝いされたら嬉しいに決まってる!」
「ほんとに?ほんとにそう思ってる???なんか申し訳なくて。」
正直今は、
しょげてる着ぐるみパジャマ可愛い、しか分からん。
「その、着ぐるみはプレゼントデスカ。」
「え?!」
「中身が、ほら、特別なアレとか、」
嫁が顔真っ赤にして俯いてる。
押し黙ってても可愛いが過ぎる。
はぁ。癒し。可愛い。
「とりあえずシュークリーム食べよう!俺の誕生日お祝いしてくれてありがとう。」
とぼとぼキッチンへ歩いてフォークを持ってきてくれる。
あ。しっぽ着いとるやん。垂れてる。可愛い。
「な、中身は見てからのお楽しみ...ぃ、さぁ!何味でしょーか!?」
「あ?」
【問2】
今のはダブルミーニングか否か。
【答え】
これ食ったら確かめて来るわ。
因みにシュークリームはイチゴ味やったわ。
甘っ。けど、嬉しいなぁ。
#部屋の片隅で
息が乱れる日が増えたから。
ケチケチの財布をこじ開け
思い切って模様替えをした。
部屋の角には家具を設置するものだと言う固定観念をぶっ壊し、
棚を移動させ、
ヨガマットを敷く。
600円。
ハハッ、
気が引ける様なピンク。
の、割に。
壁沿いに敷いたからか、かなり居心地がいい。
「意外、」
そんで、失礼して壁に両足をあげる。
5分そのままでいると気が付く。
呼吸が浅くなっていた事に。
イケナイ、
良いジャンプは良い助走から。
良い余裕は、良い呼吸から。
だいじなのは腹式呼吸。
「出来たっ。」
#逆さま
「第一回許せない逆さま選手権ー」
「いえー。」
「洗濯物。」
「おい、挨拶無しにジャブ喰らわすな。」
「旦那氏、洗濯物は裏返してくだされ。」
「ふっ、めんどくさいでごわす。では嫁子殿。ケチャップは蓋を下にしてドアポケットに立てて仕舞って下さいませ。」
「却下。どうせ傾く。あとで振りたまえ。では夫君。食洗機の箸は先端を下にしておくれ。しかし、スプーンやフォークは今のまま先端が上向で宜しい。」
「鋭意努力致します。では妻よ...今、着てるパジャマ裏表じゃね?」
「うそっ、!?」
「嘘じゃねえって、首無いもんほら、見てみ?」
「ぐっ、ふ、タグ前に付いてるわ、ありがとっ」
「いや、ずっと気になってたんよ。最初の"選手権いイェーイ"からずっと。はぁあーすっきりした。」
「良かったやん、んで洗濯物は?」
「ううっ、忘れて無かったか。」
「裏表逆さまにすると早く乾くし、汚れが落ちるんですーっ。」
「わ、かったから。全部?」
「全部、じゃなくて良いけど厚手のものとか。汗かいたなとかはひっくり返しておいた方がいいんじゃ無い?」
「了解。」
「他には?」
「無い?」
「無いねぇ、」
「短い選手やったなぁー。」
「優勝は?」
「パジャマやろ。」
「パジャマっ、今日なんか首、チクチクするなって思ってたんだよね。全然気が付かなかった。」
「俺はすぐ分かった。首が何時にも増して無かったから。」
「おだまりっ!」
「おだまりwww」
#眠れないほど
冴え切った頭と血走った様な目で
テレビが反射する壁を睨み付け息を詰める。
うっかり見てしまった。
クリスマスプレゼント 彼氏 の検索下部に映る、
該当商品。
なんっだソレ。
筋肉ムキムキのマグカップと、
カートに何かが1つ入っているマーク。
まさかソレがクリスマスプレゼントじゃないだろうな。
盗み見た様なものだから
聞くに聞けないまま寝室へ向かった彼女を見送る。
俺は明日休みだから。
弁当と朝飯の用意を済ませる間も気になってしょうがない。
更には、美味いはずの缶の酒を煽っても頭にはムキムキマグカップが浮かぶ。
「せっかくの休日なんだけどっ、!?」
俺は、特にこだわりがあるわけじゃ無いが。
彼女がやってくれるなら
一度は俺だけの可愛いサンタに会いたい。
ベタベタな妄想を働かせる俺を殴ってくれても良い。
ちょっとだけでも、見たいっ、
勿論。
彼女がくれるなら何でも嬉しい。
但し。ちょっとソレは待って欲しいな。
どうする。
言うべきか言わざるべきか。
「... ... それが問題だ。」
盗み見たマグカップが気に入らないから
クリスマスプレゼントは一緒に選ぼうって言えば良いのか。
そもそも盗み見た様な状況なのが不味い上に、
プレゼントに文句まで付けるのか俺は。
クソーーッ。
笑えるバラエティが流れてる筈なのに
内容が全く入ってこない。
いっそ筋肉マグカップも思い出に残る。
面白いじゃねーか、と言う気持ちも出て来た。
なぁ。
俺は一体どうすればいい????
このままじゃ今日は眠れないぞ、